杞憂に終われ! 東京五輪カタストロフィー



明日3月25日から聖火リレーが始まります。普通に考えて、本番のオリンピックを中止するか否か迷っているけれども、取りあえず聖火リレーを始めるなんてことはしないでしょう。東京五輪はやるつもりのようです。

1年前に『新型コロナウイルス騒動は東京オリンピック開催に対する最後の警告か』という記事を書きました。『サイン』という映画を引き合いに出し、東京五輪の開催をやめさせようとしている「サイン」が幾つもあったように思っていると書きました。この記事を書いたときまでには、

・買収疑惑でJOCの竹田理事が辞任
・選挙資金問題で猪瀬都知事が辞任
・政治資金問題で舛添都知事が辞任
・新国立競技場のやり直し
・エンブレムの「パクリ」問題が発覚
・小池都知事が騒いだ豊洲市場問題で五輪用道路工事が遅れる
・東京の暑さを懸念しマラソン会場が札幌へ
・聖火展示のスタート式典で聖火が2度も消える
・新型コロナウイルス騒動

など、東京五輪開催にナンクセを付けるような出来事が相次いで起きました。その後も、

・差別発言問題で組織委員会の森会長が辞任
・差別発言問題で開閉会式演出責任者の佐々木氏が辞任
・聖火リレーで有名人ランナーの辞退が相次ぐ
・島根県内での聖火リレー開催中止を丸山知事が表明
・緊急事態宣言を解除したがコロナ患者は横ばいから増加傾向
・世論調査では、東京五輪、7割超が「中止・延期を」望む状況

と、相変わらず五輪への嫌がらせみたいなことが続いています。

さらに最近は、東北地方で大きな地震も相次いでいます。

・福島、宮城で震度6強の地震 10年前の東日本大震災の余震と(2/13)
・宮城で震度5強、M6.9 新幹線が一時運転見合わせ(3/2)

こういうことが続くと、「これは何かのサイン、あるいは警告ではないか。本当に東京五輪をやっても大丈夫なのか」と心配になります。

特に、招致活動のときには復興五輪と散々言っていたくせに、そのことをすっかり忘れてしまっている現状を見て、東京五輪開催を勝ち取るために復興をダシに使っただけのようにしか感じていませんでしたので、先日の東北地方の大地震の報を受けたときには、そのことに対する神さまの憤りのようなものを感じてしまいました。

ぼくは科学者でもあるので、宗教者のように「五輪をやったら絶対に天罰が下る!」などと断言するつもりは毛頭ありません。けれども、科学者であるがゆえに、この自然界について人間が知っていることはほんのわずかであるということも知っています。こういった出来事が、危険を事前に知らせているサインではないとも言い切れないのです。

建造物が崩壊するときも、ひびが入ったり、時々変な音が聞こえたり、変なにおいがしたり等々、どうでもいいと思えるような出来事が前触れとして起きます。そういった前触れを知った時点で建物から退避できた人は助かりますが、「問題ないだろう」と考えた人はがれきに埋もれます。

もちろん、杞憂に終わればそれに越したことはありません。けれども、こういうさまざまサインとおぼしきことが起きている中、それを無視して強引に五輪開催をしたとき、カタストロフィー(破滅・破局)的な出来事が起きるかもしれないという覚悟は、心のどこかにしておくべきではないかと、ぼくは考えます。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*