なぜあなたの体重は60kgなのか? それは対称性の自発的破れが起きたから



きょう7月5日は、ぼくが尊敬する人物の命日です。そのお方は南部陽一郎先生です。2015年7月5日に亡くなりました。そこできょうは、南部先生がノーベル物理学賞を受賞した対称性の自発的破れ理論を解説したいと思います。

われわれ日本人が誇りに思える科学者

画像物質を分割すると分子に、分子は原子になります。原子は原子核と電子に、原子核は陽子と中性子に分けられます。

陽子や中性子はさらに細かく分けられます。クォークです。陽子はu(アップ)クォーク2個とd(ダウン)クォーク1個に分けられます。中性子はuクォーク1個とdクォーク2個に分けられます。

クォークは、それ以上細かく分けられません。電子も同様に、それ以上細かく分けられません。それ以上細かく分けられない粒子を素粒子といいます。科学の中で、このようなミクロの世界を研究する分野を素粒子論といいます。

現在の素粒子論は、以下の3つの原理によって成り立っています。

・カイラル対称性
・ゲージ対称性
・対称性の自発的破れ

つまり南部先生の対称性の自発的破れ理論は、素粒子論の基礎の基礎なのです。それなくしては素粒子論が成り立たないという、極めて重要な理論であるわけです。いつかはノーベル賞を受賞するだろうと言われていたのは、当然のことだったのです。

しかし、南部先生が対称性の自発的破れ理論を提唱していたのは1960年代で、ノーベル賞の受賞は2008年です。受賞までにこれだけの時間を要したのは、対称性の自発的破れ理論が基礎の基礎であるが故に確証を得ることが難しかったことと、時代をはるかに越えた先見性があったが故でしょう。

講談社「アインシュタインを超える」(昭和63年1月20日初版、ミチオ・カク、ジェニファー・トレイナー共著)には、南部先生について次のような記述があります。

南部は、物静かで礼儀正しいが常に一見識ある態度で知られている。(中略)南部は自分の仕事自身に語らせることを選ぶという、目のさめるほどの異質な態度をとっている。

しかしこれは、彼が物理学の最も基本的な発見のいくつかに関与していながら、自分の先取権を主張しなかったということである。物理学では、発見には発見者の名前がつけられるのが一応の常識だが、それが歴史的に正しく守られているとは限らない。例えば、2つの電子からなる系の挙動を記述する有名なベーサ-サルピーターの方程式を発表したのは、南部が最初である。「対称性の自発的な破れ」に関する初期の考察の多くも南部によるものであるが、何年も「ゴールドストン」定理として知られていた。(中略)

非凡な成果のいくつかがすぐに認められなかった理由の1つは、彼がいつも時代にはるか先んじていたためである。彼の同僚であるノースウェスタン大学のローリー・ブラウン博士が書いているように、南部は「飛躍の足場となる革命をもたらす先駆者」であって、「世に認められるまで何年も、ときには何十年もかかる人物」なのだ。物理学者のあいだでは、次の10年間に物理学がどうなるかを知りたいなら南部の論文を読め、と言われている。

まさに、われわれ日本人が誇りに思える科学者の1人なのです。

対称性の自発的破れ理論の予備知識

さて、素粒子論にもどりましょう。素粒子は、フェルミオンとボソンという2つのタイプに分けられます。

フェルミオンとは、物質を構成する素粒子です。冒頭で紹介したクォークや電子もフェルミオンです。

ボソンとは、力を生み出す素粒子です。物理学で明らかになっている力は、現在のところ自然界に4種類しかありません。

その4つの力とは、重力、電磁力、弱い力、強い力です。それぞれの力を説明すると、説明がどんどん長くなってしまうので割愛します。

これら4つの力は、それぞれ下記のボソンによって生み出されています。

重力…グラビトン
電磁力…フォトン(光子、つまり光です)
弱い力…ウィークボソン
強い力…グルーオン

例えば、私たちの体が地球に引っ張られる(重力が働く)理由は、私たちの体と地球との間で「グラビトンのキャッチボール」が行われているからです。相互作用(授け受ける作用)から力が生まれているのです。他の3つの力も、それぞれのボソンを授け受けることで生まれています。

ボソンはゲージ粒子とも呼ばれています。「なぜゲージ粒子と呼ぶのか」ということを説明すると、これまた長くなるので割愛します。とにかく「ボソン=ゲージ粒子」とご理解ください。

全ての素粒子は、光の速度(秒速30万km)より速く走ることはできません。また、光の速度で走る場合は、質量がゼロとならなければなりません。質量が少しでもあるものは、光速に達することができません。これはアインシュタインの相対性理論で説明されています。

予備知識の説明は以上です。

なぜ素粒子は理想郷を捨てたのか?

では、まずカイラル対称性とゲージ対称性について説明します。

ゲージ対称性とは読んで字のごとく、ゲージ粒子(ボソン)に関する対称性です。カイラル対称性とは、フェルミオンに関する対称性となります。

では対称性とは何なのでしょうか。素粒子論でいうところの対称性とは、「理想的な状態」とか「完璧な状態」とか「本当の姿」などと解釈したらよろしいでしょう。

アインシュタインの相対性理論によれば、宇宙で最も速い光の速度で走るには、質量がゼロでなければなりません。そうです。対称性とは、「質量がゼロの状態」と理解しても間違いではないのです。厳密にいうと、それだけではないのですが、長くなるのでこの程度の理解でよいと思います。

つまり、ゲージ対称性とは「ボソンの質量がない状態」、カイラル対称性とは「フェルミオンの質量がない状態」です。

同時に、「ボソンが光速で走れる状態」がゲージ対称性、「フェルミオンが光速で走れる状態」がカイラル対称性ということになります。

しかし、実際に質量がゼロで観測されるのは(速度が光速で観測されるのは)フォトンだけです。フォトンは光そのものですから、当然です。他の素粒子は質量を持っているため、光の速度に到達できません。それなのになぜ、対称性などという状態を考えるのでしょうか。

その理由を説明するとますます長くなるのですが、ある程度は説明しないといけません。ひと言で済ませてしまおうとすれば、「対称性が成り立つ状態がないとするならば、物理法則自体が崩壊してしまう」となるでしょう。物理学にとって、対称性という状態は「なくてはならないもの」だというわけです。

この説明でも何だかよく分からないかもしれないので、1つだけ例をあげることにします。

素粒子というものは、野球のボールやサッカーボールなどと異なり、目に見えません。ですから本来、素「粒子」という表現自体もおかしいわけです。粒(つぶ)であるかどうかも、目に見えないから分からないのです。

そんな目に見えないモノを研究するには、さまざまな「性質」を調べていくしかありません。素粒子の性質を表すものの1つに「スピン」というものがあります。素粒子は回転(スピン)しながら走っていると考えて結構です。

進行方向に対してスピンが右巻きの素粒子と左巻きの素粒子とでは、性質が全く異なります。例えば、上で紹介した弱い力は、左巻きの素粒子にしか働きません。質量や電荷が全く等しかったとしても、スピンが異なれば「全く違う別の素粒子」と判断せざるを得ないのです。

画像ではここで、ある速さで走っている左巻きの素粒子を考えます。観測者がこの素粒子より速く走れば、この素粒子は反対方向に走っているように見えます。自動車に乗っている人から見ると、同じ方向に歩いている人が後ろに移動するように見えることと同じです。

観測者が素粒子より速く走れば、本当は左巻きの素粒子が右巻きになってしまうのです。進行方向が反対になるのですから、進行方向に対するスピンは逆になります。

これでは別の素粒子になってしまいます。本当は左巻きの素粒子が、動いている観測者には右巻きに見え、「弱い力」の作用を受けない・・・。明らかに矛盾しています。

単なる見え方の問題ではなく、力が作用するか(ボソンのキャッチボールをするか)しないかの問題です。すなわち、ある立場では物理法則が成り立つが、ある立場では成り立たないということを意味します。これでは科学になりません。

つまり、右巻きと左巻き素粒子が明確に区別できる保証が必要となるのです。そのためには、全ての素粒子が光速で飛べる理想的な状態(=対称性)がなければならないのです。光速を追い越せるものはないのですから、全ての素粒子が光速で走れるならスピンの逆転現象は起きません。

つまり、素粒子は本来全て質量ゼロで、光速で飛び回れるものなのです。素粒子の理想郷といってもよいでしょうね。

ビッグバンによって宇宙が誕生した瞬間は、そのような素粒子の理想郷があったのです。でも、現在私たちが観測する素粒子の世界は、そうなっていません。電子も、陽子も中性子も、みんな質量をもっています。なぜ、素粒子の世界は理想郷から今の姿になったのか・・・。これを説明しているのが、南部先生の「対称性の自発的破れ理論」というわけです。

真空は対称性を4回破り、ヒッグス場となった

ここまでの説明で、何となく分かってもらえるはずです。素粒子の理想郷である「対称性の世界」が、「自発的に破れること」を南部先生が説いたわけです。「自発的に」という意味は、誰かに強要されたのではないということです。素粒子の活動舞台となる真空が、自ら対称性を破ることを選択したということです。

画像よくたとえに出される例です。コップが置かれている丸テーブルに、人が席につきます。このとき人に対してコップの対称性は保たれています。左右のコップどちらを選択することも可能な、理想的な状態です。

ところが、誰か1人が片方のコップを取った瞬間に、左右どちらのコップが自分に属するかが決まってしまいます。どちらも選べる理想的な状態が崩壊するのです。これこそ、対称性が破れた状態です。

コップの水は飲むために置いてあるものです。1番先に誰がコップを取るかは分かりませんが、いつかは誰かが必ずどちらかのコップを「自発的に」取ることになります。

丸テーブルで初めて食事をしたとき、誰かが先にコップやフォークを取るまでは「どれを取ったらいいかなぁ・・・」と、なかなか落ち着かない経験をしたことはないでしょうか。対称性が保たれているときは、落ち着かないものなのです。

なぜ真空が、素粒子の理想郷を放棄したのかというと、やはり「落ち着きたかった」ということに尽きるでしょう。物理学的に言えば、「エネルギーが低い状態に移行した」ということ。エネルギーが高い状態よりも、低い状態の方が安定するのです。

例えば、水はお湯の状態ではエネルギーが高いですが、放っておいたら冷めていきます。冷めた方がエネルギーは低いので、安定するのです。

宇宙の始まりであるビッグバン直後は、ものすごくエネルギーが高い状態です。そこでは素粒子がみな光速でガンガン飛び回っており、極めて不安定な状態です。真空は、安定するために4回ほど対称性を破ってきました。これは別名、真空の相転移ともいいます。

水の相転移とは、氷→水→水蒸気と、3段階あります。しかし、どの段階でも構成している分子はH2Oです。つまり、本質(H2O)は変化していないのに、状態が変化しているのです。これを相転移と呼びます。

真空の相転移も同じです。真空が対称性を保証するという本質(物理法則そのもの)は変化していないのですが、真空の状態が変わってきたということです。その結果、素粒子は質量を持つようになり、光速を追い越せなくなったということです。

もう少し詳しく説明しますと、真空にヒッグス機構が生まれた状態が、自発的に対称性が破れた状態であり、相転移した状態だということになります。ヒッグス機構とは次のようなものです。

右巻きの素粒子と左巻きの素粒子を結びつける働きをするのが、ヒッグス粒子です。ヒッグス粒子の作用によって、右巻き素粒子と左巻き素粒子が衝突します。

画像しかし、ヒッグス粒子が飛び回りながら右巻き素粒子と左巻き素粒子を結びつけるよりも、ヒッグス粒子同士が集まって真空中を埋め尽くす方が、エネルギー的に安定するのです。つまり、真空にはヒッグス粒子がびっしり詰まるように相転移したわけです。この真空の状態をヒッグス場といいます。

こうなると、真空中を光速で飛ぼうとしている素粒子は、絶えずヒッグス場とぶつかります。その分、速度が遅くなり、光速では飛べなくなります。光速以下となると、相対性理論により質量を持つようになるというわけです。質量の大きさは、その素粒子がヒッグス場から受ける抵抗力の強さで決まることになります。

このように対称性の自発的破れ理論は、質量の起源を説明している画期的なものなのです。

なぜ私たちに質量があるのか、なぜあなたの体重は60kgなのか・・・。それは対称性の自発的破れが起きたからなのです。


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