『沈黙の春』が沈黙させたものは?


青い鳥
『沈黙の春』とは、春に鳥たちが鳴かなくなったという出来事を通して、農薬などの化学物質の危険性を訴えた本です。レイチェル・カーソンという女性作家が執筆し、1962年にアメリカで出版されました。

アメリカでの発行部数は150万部を超え、世界各国で翻訳され、今では「環境問題のバイブル」と呼ばれている本です。

この本の中でカーソンは、DDTという農薬が昆虫に残留し、その昆虫を食べる鳥の体内に蓄積して、鳥たちを死に追いやっていると訴えました。さらには人間に対する発がん性も指摘され、一気にDDT禁止運動が加熱しました。そしてついに1968年、DDTの使用が全世界で禁止されることとなったのです。

DDTという名称は、ジクロロジフェニルトリクロロエタンの頭文字を取ったものです。1939年、スイスの化学者パウル・ヘルマン・ミュラーによって、DDTの強力な殺虫効果が発見されました。

DDTは安価に合成でき、ごく少量で殺虫作用を示します。当初、人間など高等生物には無害だとされ、「夢の殺虫剤」と呼ばれました。蚊やシラミを駆除するために大量に用いられ、これらの虫が媒介する黄熱病、チフス、マラリアなどの病気が激減したのです。DDTの生産量は30年間に300万トンに達し、発見者のミュラーは、1948年ノーベル医学生理学賞を受賞したのです。

そんな「夢の殺虫剤」が、「沈黙の春」の出版を機に世界から一掃されました。しかし、最近の研究によって、DDTは人間に対して発がん性がないことが分かっています。また、環境への残存に関しても安全性が確かめられています。土壌では細菌によって2週間で消化され、海中でも1ヶ月で9割が分解されることが判明しているのです。

端的にいえば、DDTを使用しても安全だということです。

スリランカでは1948年から1962年までDDTを散布した結果、それまで年間250万人であったマラリア患者の数が、31人にまで激減しました。ところが、DDTが禁止されてから5年間で、もとの250万人まで逆戻りしています。

DDTによって救われた人命は1億人といわれています。しかし逆に、DDT禁止によって失われた人命は、全世界で5千万人もいるのです! しかも、この失われた5千万人は、ほとんど子どもたちなのです・・・。DDT禁止によって、マラリアなどの病気で死んだ子どもたちの数は、ヒトラーが虐殺したユダヤ人の8倍以上にもなるのです。

この死者数を知り、世界の識者たちの間では「安価で効果の高いDDTを葬り去るのは得策なのか」という声が高まりました。そして2006年、ついにWHO(世界保健機関)は「マラリア蔓延を防ぐため、流行地でのDDT使用を推奨する」という声明を発表したのです。

先進国で暮らす私たちは、食べることに困らないが故に、食品に対する安全性に敏感です。「無農薬野菜」とラベルに貼るだけで、飛ぶように売れる国になりました。むろん、食の安全は重要なことですが、化学者たちは日夜研究にいそしみ、安全な農薬を開発しているのです。環境問題を騒ぎ過ぎるのは、好ましくないと思います。

DDT禁止運動によって5千万人の命が奪われた出来事は、専門家の間では「20世紀最大の悲劇」といわれています。先進国の「ぜいたくな安全信仰」によって、発展途上国の人命が失われていくことを忘れてはなりません。

自然界の仕組みが完全に把握できていない現段階においては、完璧な科学も、完璧な政策も、完璧な環境保護運動もあり得ません。であるならば、メリットとデメリットをよく考えながら、エコを進めていくことが肝要です。

環境問題のバイブル『沈黙の春』が沈黙させたもの・・・。それは、DDTを散布していれば聞こえたであろう、5千万人の子どもたちの笑い声です。先進国で暮らす鳥たちの声を取り戻すことと引き換えに、発展途上国で暮らす子どもたちの笑い声を奪ったのです。

DDT禁止運動の失敗が、環境問題を考える人々の教訓とされることを祈ります。


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