2011年3月に起きた福島第1原子力発電所事故で、東日本に放射性物質が拡散されました。当時、ぼくが住む群馬県でも出荷できなくなったホウレンソウがあふれましたが、ぼくはそれを近所の農家からもらって食べていました。
知り合いからは「怖くないんですか?」と真顔で聞かれましたが、科学的に考えての判断なので、怖くも何ともありませんでした。
当時、地元の上毛新聞では、次のように報じていました。
伊勢崎市のホウレンソウで、放射性ヨウ素の暫定基準値(1kg当たり2,000ベクレル)を超える2,630ベクレルを検出した。
Bq(ベクレル)をSv(シーベルト)に変換してはじめて、人体への影響が分かります。具体的には、放射性物質の種類、食物などと一緒に摂取するか、吸い込んで摂取するか、ということによって、変換するための係数(実効線量係数)が異なります。
放射性ヨウ素の経口摂取における実効線量係数は、2.2×10-8です。
放射性ヨウ素2,630 Bqが検出されたホウレンソウを1kg食べたときに、体内で放出される放射線量Svは、次のとおり。
2,630×2.2×10-8=5.786×10-5Sv
約0.00006Svということになります。
報道などでは、Svで表すと小さ過ぎるので、ミリシーベルト(mSv)やマイクロシーベルト(μSv)で表す場合があります。これらの関係は下記のとおり。
1Sv=1,000mSv=100万μSv
従って、先ほどの値は下記のように表すこともできます。
0.00006Sv=0.06 mSv=60μSv

それでは、この放射線量はどれだけ危険なのでしょうか。上のグラフは、(財)放射線影響研究所のHPに掲載されているものです。原爆の被ばく者を1958~1998年まで追跡調査し、「被ばくした放射線量に応じて、普通の人よりもがんになるリスクがどれだけ多いか」を示しています。
横軸の単位がグレイ(Gy)となっています。またまた違う単位が出てきました。簡単に説明すると、「放射線が物に与えるエネルギー量」です。放射線には数種類ありますが、Gyで表せば数値の持つ意味が共通になります。しかし、「人体に与える影響」は、エネルギーが同じでも放射線の種類によって異なりますので、Svで表さねばなりません。その変換式は下記のとおり。
Sv=放射線荷重係数×Gy
放射線荷重係数は、放射線の種類によって下記のようになります。
エックス線、ガンマ線、ベータ線=1
アルファ線=20
中性子線=5~20(エネルギーによって変わる)
今話題にしているホウレンソウから検出されたのは放射性ヨウ素ですから、幸いなことに(何が幸いだ、と怒らないで)ガンマ線とベータ線しか放出しません。つまり、放射線荷重係数は1ですから、グラフの横軸はそのままSvと理解しても良いことになります(Sv=1×Gy)。
縦軸は「普通よりもがんになるリスクがどれだけ多くなるか」を示しています。横軸をX、縦軸をYにすると、下記のような近似式になります。
Y=0.5X
つまり、1Sv(Gy)の放射線を浴びたら、がんになるリスクが0.5増えるということ。普通の人が1倍のリスクだとすれば、1Svの放射線を浴びると1.5倍(1+0.5)にリスクが増えるということです。2Sv(Gy)だったらリスクが1増えるので、普通の人よりも2倍(1+1)のリスクになるということです。
では、群馬県産ホウレンソウを1kg食べたことによって、がんになるリスクはどれだけ増えるのでしょうか。放射線量は0.00006Svでしたから、上の式に入れて計算してみましょう。
0.5×0.00006=0.00003
つまり、普通の人(このホウレンソウを食べなかった人)よりも、がんになるリスクは1. 00003倍だということです。ほとんど変わらないんじゃないでしょうか。
国立がん研究センター・がん対策情報センターのHPに掲載されている資料 「日本における喫煙とがん死亡についての相対リスク」を見てください。たばこを吸ったことによる「全がん(がんの種類を問わない)」リスクは、男性が2倍、女性が1.6倍となっています。
放射線による1. 00003倍よりも、タバコを吸うことによる2倍・1.6倍のリスクのほうが恐ろしいわけです。ホウレンソウの出荷を制限する前に、たばこの生産をやめろという話です。
ちなみに、先のホウレンソウから出る放射線による発がんリスクが、男性の喫煙による発がんリスク(2倍)と同じになるには、どれくらい食べなければならないのでしょうか。
2倍になるには2Svが必要でした。ホウレンソウ1kgで0.00006Svでしたので、
2÷0.00006=33,333kg
これだけ食べて男性喫煙者と同じくらいの発がんリスクとなります。
仮に、毎食1kg(1日3kg)を毎日食べれば、1年で1,095kg(3kg×365日)。従って、約30年(33,333÷1,095)、1日3食、365日、このホウレンソウを食べ続ければ、男性喫煙者ががんになる危険性と等しくなるというわけです。実際には、ポパイじゃあるまいし、こんなに食べられません。
そもそも、ぼくたちが普通の生活をしていてがんになる確率は、驚くほど高いのです。同じく国立がん研究センター・がん対策情報センターのHPが公表しているものです。 (1)年齢階級別罹患リスク(34ページ)という表の一番上「全がん」の「生涯」を見てください。男性が62.7%、女性が46.6%となっています。
つまり、放射線の問題がなくても、この日本で普通に生活しているだけで、男女共、一生の間で「ほぼ2人に1人はがんになる」ということです。
あのホウレンソウを食べてがんになるリスクは、その確率からみたら屁のようなものです。だからぼくは、放射性ヨウ素が検出された群馬県産ホウレンソウを適量(1回で1kgは無理!)食べていたのです。当然、このような科学的見地から考えて、たばこも吸わないのです。
むろん科学は絶対ではありませんが、自分の健康のために科学を利用しないで、何のために利用するのでしょうか。仕事や娯楽に科学技術はふんだんに利用されていますが、自分の命に関わることに科学を利用しないなんて、ぼくからしたら信じられない話です。
いつも楽しい記事をありがとうございます。
>つまり、普通の人(このホウレンソウを食べなかった人)よりも、がんになる
リスクは1. 00003倍だということです。ほとんど変わらないんじゃないでしょうか。
これには驚きました。しかし、新聞、テレビの報道では「深刻な」「不安」が
のこる印象ですね。新聞社やテレビ局にも「科学者」「科学的な思考のできる」
社員はいるはずですよね。少なくとも、管理者様と同じ見解の理系の人は
いると思うのですが、「不安」をあおる報道になぜなるのでしょうね。
先日、「死の淵を見た男」を読みました。3.11の原発事故を題材にした
物語ですが・・・・驚くことばかりでした。
>「不安」をあおる報道になぜなるのでしょうね。
売れてなんぼの世界だからでしょう。ホラー映画制作と同じ感覚で報道をやっているんじゃないでしょうか。