映画「永遠の0」、大ヒット上映中! ということなので、観てきました


映画「永遠の0」のインターネット上での評判は、「感動した」とか「涙が止まらなかった」というものから、「泣かせようとしすぎの演出過剰」とか「特攻隊を礼賛する右傾エンタメ」というものまで、賛否両論です。ぼくは、多角的な意見が出る作品こそナイスだと思っていますので、楽しみにして映画館に出かけました。

ハリウッドに負けない鳥肌モノの技術

青空と飛行機雲

詳しいストーリーは書きませんので、ぜひ実際に映画をご覧になるか、DVDで発売・レンタルされるのを待つか、テレビで放送されるのを待つか、あるいは原作本をお読みください(原作と映画は若干ストーリーが違いますけど)。

以下では、読者の皆様がすでにストーリーを知っているという前提で書きます。

ぼくはこの映画を観て、感動しました。どこに感動したのかというと、VFXのクオリティーの高さです。VFXとはVisual Effects(ビジュアル・エフェクツ)の略語で、まあ、いわゆる特撮ってことです。「日本の特撮技術って、こんなにハイレベルになったんだなあ」と感動した次第です。

「え? そこに感動したの? 戦時下の家族愛とかじゃないの?」

そう言われそうですね。ぼく自身が映像クリエーターだから、そういう点に目が行くのかもしれません。でも、日本の特撮初期のゴジラやガメラやウルトラマンなどを観て育ったぼくからすると、ものすごい進歩です。背中のチャックが見えるウルトラマンのレベルから、今や目の前で空中戦が行われているかのように感じるレベルに進歩したんですから、これはもう鳥肌モノです。そろそろ、ハリウッドに負けないんじゃないかと思います。

所詮はフィクションなんだから、リアリティーを要求するな!

家のイルミネーション

で、ストーリーですが、これは特別、感動というのはなかったですね。感動というよりも、あの戦争の悲惨さ、特に若者を死なせる特攻という戦闘行為に、ただただ腹立たしさを感じました。自分が特攻隊員だったら、そして主人公の宮部のように妻子を国に待たせているとしたら、何を考え、どんな言動を残して死んでいっただろうか、と想像しただけで、もう気が狂いそうになってしまいました。

人の命は、簡単に失わせてはいけません。そういう意味では、宮部が部下に「どんなに苦しくても生き延びる努力をしろ」と教えたことは立派です。しかし、あの時代の雰囲気の中で、実際にそのようなことを言えた人がいたのかは、甚だ疑問です。リアリティーはないと思います。そういう観点で、この映画を酷評する人もいます。

しかしぼくは、「所詮はフィクションなんだから、いいじゃん」と思います。否、映画とかドラマとか小説などは、ツクリモノのフィクションと思って観たり読んだりしないと、人生を誤るとすら思います。所詮、いろんな人がいろんな思いや利権や打算を抱えながら作り上げるものだということです。むろん、フィクションを否定しているのではなく、積極的に肯定しているんですよ。

ぼくは、この映画を観て、主人公を自分に置き換えて想像したら「気が狂いそうになってしまいました」と前述しました。そうなんです。リアルな自分の人生を、フィクションの中の置き換えようとすると、途端に現実感を持ち始めるんです。

楽しい恋愛映画などならば、それが心地よい現実感となるでしょう。しかし、この映画のように、悲惨な戦争映画だったら、それはもう、おぞましく苦しく辛い現実感となってしまいます。

だからこそ、こういう類の悲惨な世界を描く映画に、リアリティーを要求するべきではないんです。あくまでもフィクションとして、ポップコーンを食いながら、「ああ、かわいそうねえ」と軽くあしらう程度の心もちで鑑賞しないと、とてもじゃないけど観ていられないんです。

「感動しました」という人々も、あくまでもフィクションだと思って観ているから、そう言えるんです。作り手も、そういうことを百も承知で、「泣かせどころ」をいくつも用意しておくわけです。

あの時代だから言えるセリフ、あるいはフィクションだから言えるセリフ

後姿のカップル

宮部は妻・松乃に、こう言います。

「必ず生きて戻ってくる。たとえ腕がなくなっても、足がなくなっても、戻ってくる。たとえ死んでも、それでも、ぼくは戻ってくる。生まれ変わってでも、必ず君の元に戻ってくる。」

この言葉に感動する人が多いようです。特に女性としては、こういう言葉を男性から言われると感無量なのでしょう。男性としても、これだけの言葉を本気で言える女性を妻に持てたら、嬉しいと思います。まさに、命がけで愛しているわけですから。

ぼくは妻に、ここまで言えないですね。あ、もちろん現代社会での話ですよ。もし戦時中に今の妻と夫婦であったら、「時代の空気」がありますから、言っているかもしれません。現代ではそのように言えないというのは、むろん愛していないというわけではありません。ぼくの妻は怖がり屋なんです。

試しに、まだこの映画を観ていない妻に、「ぼくが死んでも、また君の元に戻ってきていいかなあ?」と、やんわり疑問形で聞いてみましたところ、間髪を入れずにこう言われました。

「やだやだ。先に死んだら、天国に行って、いい場所をとっておいてよ。わざわざ化けて出てこないでよ。夜、恐くてトイレにも行けないわ」

トホホ、です。フィクションだから、あんなカッコいいことが言えるんです。

結局、宮部は死んでしまいます。しかし、宮部に命を救われた大石が、宮部の遺志を継いで松乃と子供を守り、結婚していく、という話です。

う~ん、ここには感動しないなあ。ぼくが軟弱なんでしょうけど、やっぱり妻にはぼくだけを愛していてほしいです。他の男と結婚されるのは、正直、嫌です。

まあ、そうやってリアリティーを要求し始めたら、どんなに大ヒット上映中の映画でも、どんどんつまらない作品になってしまいます。ですから、ぜひ皆様は、「映画やドラマや小説などは、所詮はフィクション」だと思って、あまり深く考えないで楽しむことをお勧めします。


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