タイトルの言葉は、集団遺伝学者のJ・B・S・ホールデンが語ったものです。われわれ人間を含めた動物は、意識しているかいないかにかかわらず、こういう行動原理を持っているというのです。
私の遺伝子というものは、父と母から半分ずつ受け継ぎます。父の全遺伝子の1/2と、母の全遺伝子の1/2が、私の全遺伝子となっているわけです。
私にきょうだいがいる場合、そのきょうだいも同様に父の全遺伝子の1/2と、母の全遺伝子の1/2を受け継いでいます。
従って、私ときょうだいが同じ父方の遺伝子を持っている確率は、
ということになります。母方の遺伝子も同様に、1/4の確率できょうだいが共有しています。
私ときょうだいは、父方と母方の確率を足し合わせた、
つまり50%は同じ遺伝子を持っていることになります。半分は全く同じ遺伝子だということです。
いとこの場合は、これより少し複雑な計算になりますので結果だけを示すと、1/8が同じ遺伝子となります。このような確率(パーセンテージ)を遺伝学では血縁度といいます。
もし私が子どもを残せば、その子どもには私が持っている遺伝子の1/2が受け継がれます。
私のきょうだいが子どもを残せば、その子ども(私から見たら甥や姪)にはきょうだいが持っている遺伝子の1/2(この確率をAとする)が受け継がれます。きょうだいは、私と同じ遺伝子を1/2(B)持っています。従って、私から見れば甥や姪は、
の確率で、私と同じ遺伝子を受け継いでいくことになります。
例えば、私に子どもがいなかったとしても、2人のきょうだいが1人ずつ子ども(甥・姪)を残せば、
となり、私が子どもを残すことと同じ確率で遺伝子が次世代に受け継がれていきます。
1/8(C)の確率で私と同じ遺伝子を持っているいとこが1人ずつ子どもを残せば、その子どもは、親(わたしのいとこ)から遺伝子の1/2(D)が受け継がれます。従って、いとこが8人いれば、
となり、きょうだいの子どもと同様、私が子どもを残すことと同じ確率で遺伝子が次世代に受け継がれていきます。
仮に私が子どもを残さなくても、2人のきょうだいや、8人のいとこが子どもを残していけば、私の遺伝子は私の子どもと同じ確率で次世代を生きていけるということになるのです。
「私は、2人のきょうだい、あるいは8人のいとこのためなら命を投げ出してもいい」というホールデンの言葉は、このことを示しています。血縁度の近いきょうだいやいとこが子孫を残すことと、私自身が子孫を残していくことは、遺伝学的には全く等価です。従って、わが子のために命を投げ出す親のように、きょうだいやいとこのためにも命を投げ出すこともあるというわけです。
もちろん動物は、否、動物のみならずわれわれ人間だって、そんな遺伝学的なことを考えて行動しているわけではありません。しかし、厳しい自然界を生き延びていくために、時には遺伝子に突き動かされるようにして、特に血縁度の近い集団では、自分を犠牲にする利他的行動が見られるということです。
まあ、遺伝子の都合だろうがなんだろうが、血縁度が近かろうが遠かろうが、なるべく他人を大切にしていきたいものですね。