「パスカルの賭け」に見る、科学の賢い使いこなし方


サイコロ
17世紀、キリスト教には2つの創造論がありました。「神の創造は最初の一瞬で完結しており、その後の出来事は全て計画通りだ」というものと、「神は時々刻々と働き続けており、創造は今も続いている」という考え方です。

両者の特徴を端的に表現すれば、前者は静的創造論、後者は動的創造論と言えるでしょう。デカルトやライプニッツは静的創造論の立場を取っており、ニュートンやパスカルは動的創造論の立場を表明していました。キリスト教信仰のなじみがない日本では、これらの偉大な科学者たちが神を信じていたということは意外でしょうが、世界では今もなお信仰を持つ科学者は普通に存在します。

ニュートンとパスカルは、「デカルトはできることならば、神なしで済ませたかったに違いない」と、静的創造論を激しく攻撃しました。「最初の創造だけ神の力が必要で、その後の宇宙は機械仕掛けのごとく動いていくだけなら、悲惨な戦争も略奪も、全て神の計画なのか。これが愛なる神の否定でなくて何であろうか」と、静的創造論が無神論へつながる危険性を訴えたのです。

一方、デカルトやライプニッツは、「おまえたちの言い分を聞いていると、まるで神は最初の創造の時に間違いを犯し、繰り返し繰り返し創造をやり直しているように聞こえる。これが神の全知全能性に対する冒涜でなくて何であろうか」と、ニュートンとパスカルを非難しました。

さて、ニュートンの仲間であったパスカルは、神の存在が信じるに値するものであることを確率論で説明しました。さすが一流の科学者です。そもそも確率論という分野は、このパスカルが体系化したものでした。

パスカルの確率論による信仰告白は、「パスカルの賭け」と呼ばれています。たいへん面白いのですが、確率論の「期待値」という概念を知らないと理解できません。ですので、まずは簡単に期待値の説明です。

期待値とは、確率変数と確率をかけたものの総和です。サイコロを振って「出た目の数×1,000円」をもらえるゲームを例にします。1の目が出れば1,000円、6の目が出れば6,000円ですね。この1,000円~6,000円が確率変数になります。それぞれのお金をもらえる確率は、サイコロを振って何かの目が出る確率と同じ、1/6です。

期待値とは、それぞれの確率変数(金額)と確率(1/6)を掛けた総和です。

(1,000×1/6) + (2,000×1/6) + (3,000×1/6) + (4,000×1/6) + (5,000×1/6) + (6,000×1/6) = 3,500円

このゲームをやったときに得られる「期待できる値(3,500円)」が期待値というわけです。

パスカルは優秀な科学者でしたから、科学によって神の存在を証明できないことは分かっていました。「神は科学で証明できる!」と豪語する人は、科学者もどきです。科学には限界があるのです。

しかしパスカルは、神の存在を信じたいのでした。そのために、確率論の期待値を用いてみたわけです。

神が存在するという確率をGとします。Gは1から0の間の値となります。1ならば「確実に神が存在する」ということであり、0ならば「確実に神が存在しない」ということです。

すると、神が存在しない確率は「1-G」となります。

次に、確率変数を考えました。神の存在を信じる場合と、信じない場合の確率変数を想定します。

神が存在している場合、信じれば(神の願い通りに生きれば)、天国に行けるはずです。利益が最大になるでしょうから、確率変数は「+∞」(プラス無限大)となります。

神が存在しているのに、信じなければ(神の願い通りに生きなければ)、最悪の場合は大きな罪を犯して地獄に落ちます。利益は最小になるでしょうから、確率変数は「-∞」(マイナス無限大)となります。

神が存在しなければ、プラス・マイナス無限大ほどにはなりません。何らかの有限の値となるはずです。

まず、神が存在しないのに神を信じた場合です。「せっかく真面目に生きたのに、神がいないから死んだらおしまいだった、ああ損した」ということになります。「損をした」ということなので、マイナスです。確率変数は-N1とします。

逆に、信じなければ損することがありませんので(好き勝手に悪いことをして生きても地獄に行かないので)、+N2とします。

N1 、N2の大きさは分かりませんが、両方とも有限の値となります。

それぞれの確率変数を表にしてみます。

確率変数
神は存在する 神は存在しない
「存在する」と信じる +∞ -N1
「存在しない」と信じる -∞ +N2

神が存在するか、存在しないかは、科学でも証明できません。ですが、上記の確率変数と、神が存在する確率Gがあるので、期待値が計算できます。それぞれの場合で計算すると、次の表になります。

期待値
神は存在する 神は存在しない
「神は存在する」と信じる +∞×G -N1×(1-G) +∞
「神は存在しない」と信じる -∞×G +N2×(1-G) -∞

神の存在を信じるか信じないかは、自分で選ぶことができます。2つの場合の期待値は、それぞれ表右の計で示されたとおりとなります。

すなわち、神の存在を信じた場合、全体の期待値は「+∞」。神の存在を信じなければ、全体の期待値は「-∞」です。神の存在を信じた方が、信じない方よりも期待値がはるかに大きいことから、パスカルは神の存在を信じることが、十分理にかなったことだと思い、より信仰を強くしたわけです。

これが「パスカルの賭け」と呼ばれているものです。なんだかギャンブルみたいなネーミングですが、それが逆に気に入っているのは私だけ?

むろん、この「パスカルの賭け」だけで、パスカルが神を信じたわけではありません。要は、科学的な方法論というものを「いかに使いこなすか」は、結局、人間の主観であるということを言いたかった次第です。

神を信じるために科学を用いる人もいれば、神を否定するために科学を用いる人もいます。神なんか眼中になく、ただ人間の生活のために科学を用いる人もいます。それが科学です。所詮、科学は人生を豊かにするためのツール(道具)に過ぎないのです。便利なツールなのですから、ぜひ勉強して、賢く使いこなしましょう。


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