浅田真央さんに贈る言葉は「Being There」


もうすぐソチオリンピックの女子フィギュアスケート、シングル・フリースタイルが始まります。ショートプログラムで16位となってしまった浅田真央さん、挽回を期待します。

何も考えないで、「その場」と調和してください

スケート
タイトルに書いた「Being There」とは、「そこにあるもの」とか「あるがままに」などと訳されるでしょう。これは映画のタイトルです。1979年のアメリカ映画。日本では「チャンス」というタイトルで上映されました。

一度も外界に出たことがなく、大邸宅で庭師として働いてきた男が、主人が亡くなったことにより、放り出されます。外に出たことがないものだから、車と接触してしまうのですが、そこに経済界の大物の奥さんが乗っていたことで、その家に招かれます。

経済界の大物は、庭師の言葉を経済対策への暗喩だと、勝手にとらえてしまいます。庭師は単に、庭の手入れの話をしているだけなのに…。例えば「冬を過ごして春になれば、花が咲くものです」という言葉を、「今は厳しい経済状況だが、これを乗り切れば良くなる」ということの譬えだと感じ、それを友人の大統領に話すのです。

すると大統領もその言葉を引用して、国民を感化します。大統領に助言をした(と勘違いされた)庭師は、あれよあれよと言う間に有名人となり、最終的には次期大統領候補になっていくというストーリーです。

この庭師は、いっさい私心がありません。否、もしかしたら逆に私心だけなのかもしれません。とにかく、自分が相手にどう見られるか、ということは一切考えず、常に庭の手入れの話しかしないのです。それを周囲が勝手に、都合よく解釈してくれるのです。彼はただ、そこにいるだけ(Being There)です。

ラストシーンでは、彼はなぜか湖の上を歩いて行きます。まるで聖書に出て来るイエス・キリストです(キリストも水の上を歩きました)。映画の作者の意図としては、キリストも私心がなく、「そこにあるもの」、「あるがままに」生きていたと言いたかったのかもしれません。

浅田真央さんに贈りたい言葉として、「Being There」を思いついたのは、このような理由です。この映画の主人公の庭師のように、あるがままに臨んでください。


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