元少年Aの『絶歌』出版は、ゴミ箱をひっくり返すようなものです


ゴミ箱
1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の加害者・元少年Aの著書『絶歌』が出版され、議論を呼んでいます。さまざまな論点がありますが、重要な点は2つです。遺族感情への配慮と、犯罪体験を原資にした金儲けという点です。

出版元の太田出版は、遺族の感情に対して熟考はしたが、あえて出版した理由として、いわゆる社会的な価値を挙げています。

『絶歌』の出版について

彼の起こした事件は前例のない残虐な猟奇的事件でしたが、それがいかに突出したものであろうと、その根底には社会が抱える共通する問題点が潜んでいるはずです。社会は、彼のような犯罪を起こさないため、起こさせないため、そこで何があったのか、たとえそれが醜悪なものであったとしても見つめ考える必要があると思います。
(中略)
 本書の出版がご遺族の方々にとって突然のことであったため、あの事件をようやく忘れようとしているご遺族の心を乱すものであるとしてご批判を受けています。そのことは重く受け止めています。
 私たちは、出版を検討するにあたり、その点を意識しなかったことはありませんでした。本書がその内容よりも、出版それ自体の反響として大きくマスコミに取り上げられるであろうことや、それによって平穏へと向かいつつあるご遺族のお気持ちを再び乱す結果となる可能性を意識しました。
 それを意識しつつも、なお出版を断念しえず、検討を重ねました。

引用部分のロジックは、犯罪者の手記の出版のみならず、犯罪者の映像ドキュメンタリーやドラマ・映画などの制作でも、しばしば用いられるものです。確かに、どんな悲惨な出来事であっても、それを直視して原因を究明し、同じ出来事が起きないようにすることは、一定の社会的な価値があります。

例えば、この本を読んだ精神科医の香山リカ氏は、元少年Aが単に心理的におかしいのではなく、脳が機能不全を来していることが読み取れると言っています。

香山リカ、『絶歌』から「元少年A」の脳の機能不全を読み解く

世間の感想とはかなり違うと思うが、私は一読して「痛々しい」と思った。当時は精神鑑定で「行為障害」という診断名を与えられたが、元少年は当時もいまも感情のない世界を生きている。おそらくその原因は、男性の脳の構造や機能の特徴というか、機能不全に由来するものだろう。

こういうことは、ぼくたち素人には読み取れません。専門家が読んでこそ分かる内容です。そういう点では、出版の社会的な価値はあったのだといえるのでしょうか?

ぼくは、そう思いません。確かに元少年Aは、香山氏が言うように特殊な脳の状態なのかもしれません。そういうことは専門家でなければ分かりません。だったら、専門家たちが元少年Aを研究対象として研究し、専門の学会で議論していけばいいのだと思います。そこで専門家たちの一定のコンセンサスを得た見解がまとまったら、ぼくたち素人にも、元少年Aの真の状況や、今後の犯罪防止策などを発表してくれたらいいのです。

そういうことをせず、専門家がお金を払って手記を読むということが、本末転倒なのだと思います。まずは専門家のコミュニティーで論文などが発表されていくのならば、遺族の感情もそれほど逆なでされないはずです。ところが、いきなり商業出版(お金儲け目的)をしてしまっては、遺族の感情がいたたまれないことは容易に想像できるはずです。

専門家ではない素人が読めば、いろいろな受け止め方をします。それは決して、出来事の原因究明や、今後の犯罪防止に役立つとは思えません。特にこういう特殊な事例は、専門家が交通整理をしてくれないと正しく理解できないです。専門家のフィルターが掛かっていない元少年Aの生の証言を、お金儲けが前提となっている商業出版で公開していく姿勢は、大いに疑問です。

いくら太田出版が、さまざまなロジックを用いて説明したところで、「しょせん、それでお金儲けをするのでしょう」と言われれば二の句が継げません。仮に、元少年Aが印税を全額遺族に寄付し、太田出版が出版利益を全て遺族に寄付したとしても、遺族の感情は癒えないでしょう。

ぼくも科学者の端くれなので言えるのですが、まずは専門家に委ねることが大切です。各方面のプロフェッショナルたちは、それぞれの専門分野で適切な判断をしながら作業を進めてくれます。そうやって専門家が交通整理をしてくれた結果を、ぼくら素人へ適切な手段でフィードバックしてくれればいいのです。

本来、専門家が最初に扱うべき情報を、いきなり素人へ公開することほど、無謀で危険なことはないと思います。ぼくらには、もちろん知る権利もありますが、知る必要がないこともあるものです。そういうものは、あえて多くの人が触れるようにするべきではないでしょう。

ぼくら素人にできることは、たとえるなら「部屋をきれいにするためには、落ちているゴミをゴミ箱に捨てる」という単純明快なことだけです。「そもそもこの部屋はどうして汚れたのか。そのためには過去のゴミも調べなければならない。まずはゴミ箱の中身を1つ1つ確認しよう」などゴミ箱をひっくり返していけば、逆に部屋は汚れてしまうものです。

素人は、あえて全てを知る必要もないのです。今回の出版は「さあ、ゴミ箱をひっくり返してみましょう」と誘っているようなものです。懸命な手段ではなかったと思う次第です。


元少年Aの『絶歌』出版は、ゴミ箱をひっくり返すようなものです” へのコメントが 1 点あります

  1. 遺族に事前承認を得て、利益は全て遺族へ返金。
    で、やっと話になるレベル。

    遺族に事前承認を得ず、利益は遺族へ渡さず。
    脳に問題?いいえ、そもそも人間じゃありませんわ。

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