奈良県の介護士の男が、1月に強要容疑で京都府警木津署に逮捕されていたそうです。再婚相手の9歳児に、残酷シーンが多いテレビゲームのプレーを強要したということ。しかも子供に「俺にはヤクザの知り合いがいる」と凄んでいたというから、呆れてしまいます。こんな人間が介護士をしていたということも、二重の驚きです。
大人の責任をしっかりと自覚してほしい
子供は大人が守ってあげないと、生きていけない存在です。大人には、子供を守る責任があります。その責任を果たせない大人は、子供と接するべきではないと思います。
逮捕された28歳の男は、平成24年3月ごろに男児の実母と知り合い、同10月に結婚。同居生活を始めたのは翌11月からだそうです。その半年後から、男児が頭痛、腹痛、不眠などを訴え、嘔吐するようになりました。夫が男児に「残酷ゲーム」を強要していることを知った母親が、思いあまって警察に被害届を出したというわけです。
男児がプレーを強要されていた「残酷ゲーム」の内容は、拳銃や日本刀で殺人をしたり、車を盗んだり、売春婦が登場したりするものだそうです。こんなゲーム、大人のぼくでも気持ち悪くなりそうです。こんなものやる人がいるんですね。だから売られているんだろうけど…。
大人として子供にこんなものを強要するなんて、言語道断です。どうしてこのような異常なことをしてしまったのでしょうか? メディアでは、まだそこまで報じていませんが、このような大人が二度と出ないように、しっかりと検証してほしいものです。
ゲームは悪くないと思います
ぼくは、ゲームというもの自体は否定しません。今や世の中にはテレビゲームだけではなく、携帯、スマホなど、多くのものでゲームができるようになっています。このような犯罪があると、すぐに「ゲームが悪い」という論調になりますが、それは違うと思います。使う側の心もち次第だと思っています。
むろん、今回のような「残酷ゲーム」はいかがなものか、と思います。しかし、考えようによっては、これまでも残酷な小説もあったし、残酷な映画も、残酷な事件事故報道もありました。数十年前には、世界中が残酷な殺し合いに明け暮れていました。人には、そのような残酷な面があることも事実です。
確かに、わざわざ人間の残酷性を刺激するようなゲームは良くないと思いますけれども、必要悪といいましょうか、それをすることで日々のストレスを発散して、良い仕事をしているサラリーマンもいるかもしれません。
ぼくはそういうゲームは嫌いですが、時代劇の「必殺シリーズ」を見るとストレスが発散できます(また放送しないかなあ~)。よくよく考えれば、「必殺シリーズ」だって残酷な殺しを描いていますから、他人からみれば今回のゲームと似たり寄ったりかもしれません。
特に「必殺仕事人V」は傑作です!
問題なのは道具ではなく、使う側です
ですからぼくは、テレビや映画やゲームが悪いという論調は、ちょっと違うと思っています。そういうものに接するときのリテラシーが問題なのだと思います。そもそも人間は、新しいものが出てくると悪者にするクセがあります。ゲームも、そういう理由で悪者にされている感じがします。
アメリカの古き良き時代を描いた「ラジオ・デイズ」という映画には、学校の先生が「ラジオは人を怠け者にする」といって批判するシーンがあります。その時代に新しく登場したラジオが悪者として扱われていたことが、よく表れているシーンです。このように、新しいものは嫌われる運命なのです。
今回の事件は深刻で、大人は自分が好んで読んだり見たりしているメディアを再確認し、子供に悪影響を与えるものがあれば自戒しなければなりません。けれども、メディアそのものを悪者にすることはやめましょう。
メディアなんて、所詮道具です。道具は使う者によって様相が変わります。包丁を料理に使えば有益なものですが、殺人に使えば害悪このうえないものです。ぼくらが考えるべきは、道具をなくすことではなく、使い方を再確認することです。
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