霊を科学する(2)ゾンビ問題



随伴現象説における第1の難問は、もしかしたら、あなたの友人は脳だけが動いている人、心がない人間、いわゆるゾンビかもしれないということです。

ゾンビとは中米などで実在したもので、薬物を使って仮死状態にされた人々のこといいます。しかしここでは、身体構造は人間と全く同じで、人間と同じ振る舞いをして、話し掛ければ人間と全く区別が付かない受け答えをするにも関わらず、心が備わっていない存在をゾンビと称しています。

よく映画で描かれるゾンビの振る舞いのようにおぞましくなく、全く普通の人間のように振る舞いますが、心がないというわけです。つまり、見た目には全く私たちと変わらないのに、心を持っていない人がいるかもしれないというわけです。

随伴現象説は、脳の活動(ニューロンの活動)が先で、心はそれに付随しているのに過ぎないという考えです。脳が活動した結果、心が生じるのですから、「心がなくても、脳は活動する」と考えてもおかしくありません。

その逆、つまり「脳がなくても、心は生じる」ということは、随伴現象説ではあり得ないことになります。従って、随伴現象説では、肉体(脳)が死ねば、心は消滅するので、霊や死後の世界などないということになります。

ともかく、随伴現象説が正しいというのであれば、上記のようなゾンビ(心がない人間)がいるかもしれないという問題が出てくることになるのです。

心の定義というものなかなか難しいですが、広辞苑によれば「知識・感情・意志の総体」という表現があり、これがシンプルかつ的確だと思います。そういう「知情意」という特性を持つ心がない人間がいても、随伴現象説を信ずる限り、脳にとっては別段困ることはないのです。

つまり、あなたは自分自身に心があることを知っていますから、「自分の心がある」と自信を持って主張できますが、他人の心についてはそういい切れなくなるわけです。

まさに、デカルトは「われ思うゆえにわれあり」という有名な命題です。私が思う(私の心)ということは、私が存在しているということの何よりの証です。従って、現に私が存在しているということは、私の心が存在することになります。このようにしてデカルトは、心の存在を証明しました。

ところが、この証明には1つ欠点がありました。ここでは「私」以外の他人の心の存在を証明していないからです。私が他人の心を直接的に感じることができない以上、「われ思うゆえにわれあり」という命題では、他人の心の存在を証明できません。「私」という1つの事例だけを証明できても、全ての人間に心が存在すること(普遍命題)にはならないのです。
 
「いや、脳が活動すれば心が生じるのだから、結局、その人の脳が活動していることが証明されれば、その人にも心があることになるだろう」と反論されるかもしれませんが、それほど単純な問題ではないのです。なぜなら、「このニューロンがこのような電流を流し、このような活動をした結果、このような心が生まれる」というように、詳細で明確な説明、つまり方程式ができない限り、いかに脳が動いていようとも、心が生じているかどうかは断言できないからです。

もう少し分りやすい例で説明しましょう。

私たちは、酸素があることを知っています。しかし、酸素は目に見えません。それなのに、なぜ「酸素がある」と断言できるのでしょうか?

「呼吸しているからさ」というのでは解答になりません。肺の中に吸い込んでいるものが本当に酸素なのか、酸素が目に見えない以上、確認のしようがないからです。「顕微鏡で見て確認したからだ」という答えも、不正解です。酸素分子のように小さくなると、顕微鏡でも見ることはできないからです。

正解は、酸化理論のような理論があるためです。「酸素がある」と考えれば、物が燃えたり錆びたりする現象を見事に説明でき、その他のさまざまな現象(生物の呼吸もその1つ)も同時に説明できるからです。つまり、誰も酸素を見たことがないのに、理論すなわち方程式という、(ちゃんと勉強すれば)誰もが理解できる形に表現できたから、誰も酸素の存在を疑わないのです。

酸素が目に見えないように、心もまた見ることができません。ですから、随伴現象説によって「心が生じる」という場合も、先ほどの議論と全く同じなのです。ニューロンの発火現象が確認されただけでは、まだそこに心が生じているかどうかは分からないのです。ニューロンの発火から私たちの心を見事に説明できる理論、つまり誰もが理解できる方程式で表すことができなければ、「ニューロンの発火で心が生じた」と断言できないのです。

そして、現在の認知脳科学においては、そのような方程式は確立されていません。従って、脳だけの人間、心がない人間、すなわちゾンビの存在も否定できないわけです。


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