霊を科学する(6)心の影


これまで述べてきたように、脳の活動に付き従って心が生じるという随伴現象説は限界をきたしています。そのような中で登場した人物が、ロジャー・ペンローズです。数学者である彼は、同じく数学者であるクルト・フリードリッヒ・ゲーデルが1931年に発表した不完全性定理に注目しました。

不完全性定理とは、ごくごく簡単に言ってしまえば、次のようなものです。

数学が無矛盾である限り、数学は自らの無矛盾性を自分では証明できない。

つまり、私たちは「数学というものには矛盾がない」と分かっているのに、矛盾がないことを数学自身を用いて証明できないというのです。しかも、このことが、学問の立ち遅れや、数学者たちの努力不足のためなどではなく、「原理的に、永遠に証明できない」ということを、「証明」してしまったのです。この定理の登場は、数学界では極めてショッキングであったことはいうまでもありません。

ペンローズは、上のような図を用いて不完全性定理を分りやすく説明しています。

今、あなたが目を閉じて、この黒と白の領域が入り交じる複雑なパターンの1点を針で指し示したとします。このとき、あなたが選んだ点が「白か黒か」ということを、数学的に証明できるかどうかを考えます。

まず、黒の現れ方には規則性があるので、その規則を数式にすることで「黒であること」は証明できます。ところが白の現れ方には、全く規則性がありません。ですから、あなたが指し示した点が白であることを証明するには、黒のときに作った数式を利用するしかありません。つまり、「黒である可能性を全て取り除いていく」しかないのです。

しかし、この黒の模様は延々と、つまり無限に繰り返しています。ということは、白であることを数学的に証明するには、無限に存在する黒の可能性を、全て取り除かなくてなりません。つまり、あなたが無作為に指し示した点が「白であることの数学的な証明」は、「永遠に終わらない」というわけです。ですから、この証明を超高性能の最新型のスーパーコンピューターにやらせたところで、いつまでたっても計算が終わらないのです。

ペンローズはケンブリッジ大学大学院にいるときに、この不完全性定理を集中的に研究していました。その結果、「計算不能なものが脳を支配しており、それが心を司っている」と考えるに至ったのです。

脳も物質から構成されている以上、精密な機械であるのと同じです。すると脳は、極めて精巧な計算機であるといえます。計算機は計算できるものしか扱えません。計算できるものとは、すなわち数学です。つまり計算機である脳は、数学で表現できるものしか扱えないはずです。そして、不完全性定理は数学の限界を証明しました。ですから、数学で表現できるものしか扱えない機械である脳も、当然この定理に従わなければなりません。

ところが心は、計算機にはできないことも行います。先ほどの白黒の証明の例でいえば、計算機にそれを判断させると永遠に終わらないのに、私たちは自分が指し示した点が、白であろうと黒であろうと、目を開ければすぐ分かります。また、真実を見分けるために、直感力や理解力も発揮できます。さらに、後で考えたら「ああ、失敗した、もっと計算すれば良かった」と思うようなことも行ってしまいます。つまり心は、計算不能なことをしているのです。

従って、「人間の心は、脳(=機械=数学)そのものではない」とペンローズは主張するのです。また、このことからペンローズは、「コンピューターに心を持たせることは原理的に不可能である」ということも論じています。

では、実際に実験で確かめられているニューロンの発火という現象は、一体何なのでしょうか? ペンローズはこれを「心の影」と表現しています。この表現の背景には、「プラトンの洞窟」というたとえ話があるのです。

一生を洞窟の中で暮らしている人の生活には光がないので、洞窟の外にある物を見ることができません。ただし、外の物が洞窟の中につくる影だけは見ることができるとします。彼は影だけしか知らないので、影が世界の全てだと思っているのですが、実際には洞窟の外に、いろいろな形や色や匂いのするもの(本質的なもの)がある。これが「プラトンの洞窟」という話です。

つまり、本質的な出来事は心の中で先に起きており、その結果ニューロンが発火する、というのです。ニューロンの発火という現象は洞窟に映った影のようなもの、すなわち「心の影」だというわけです。

実は、ペンローズは「数学的な真理の世界」があると確信しているのです。このような世界のことを、一般的にはイデア界といいます。そもそもこの考えは、古代ギリシアの哲学者プラトンが提唱したものなので、イデア界があるという立場を取る人々はプラトン主義者と呼ばれています。

「数学なんて、数学者の想像の産物さ」という人は、プラトン主義者ではありません。このようにいう人々は、例えば正三角形というものも、数学者が「考え出したものだ」と思うでしょう。しかしプラトン主義者からすると、正三角形は人間が発見する前からイデア界に存在していた、ということになります。つまりイデア界には、この世のあらゆる数学の理論(これから発見されるものも含む)が存在しており、私たちの心がイデア界のそれらと接触して、新たな数学を発見するというわけです。

「数学者ともあろうペンローズが、イデア界などという目に見えないものを信じるとは」と思われるかもしれません。彼がイデア界の実在を信ずる根拠は一体何なのか? 彼自身が雑誌のインタビューで語った内容を紹介しておきます。

「われわれの見る世界は、大変洗練された数学的原理に従って、とても正確に動いているという事実を常に思い知らされる。もしそれら数学的原理の全てが、われわれの心の産物だというのなら、一体世界はどうやって今のような姿になったのか? 人間の存在はそれほど長いものではない。だが宇宙は百数十億年にもわたって存在してきたのであり、それは厳密で洗練された数学に従って運動してきた。数学が人間の想像の産物で、既にそこに存在していなかったなら、なぜそんなことがあり得たのだろうか?」


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