聖地奪還戦争 ~ロシアのウクライナ侵攻~


ぼくの予想ではロシアは決して諦めません。仮に停戦しても、いつか再びウクライナに攻め込みます。この戦争の終結は、ウクライナが滅びるか、ロシアが滅びるか、二者択一だと思っています。その理由を述べます。

メディアでもインターネット上でもあまり言われていないことを、ぼくはあえて言います。この戦争は政治的な要因や、プーチン大統領自身のキャラクターが大きな原動力になっているかのように言われています。むろん、そういう理由もありますが、もっと根深いところ、深層のところは宗教戦争です。もっと言うと、宗教内部の分裂騒動、聖地奪還のための戦いです。

そうです。ロシア正教にとって、ウクライナは聖地なのです。より具体的にはキエフが聖地です。

すみません。のっけから脱線しますが、今、メディアでは「キエフ」ではなく「キーウ」という表記に変わっています。これは、「キエフ」がロシア語由来だったので、ウクライナ語由来の「キーウ」に変更しようという世界的な動きの一環です。原子力発電所の事故があった「チェルノブイリ」も、ウクライナ語由来の「チョルノービリ」に変更されています。

ぼくはもちろん戦争は反対だし、今のロシアのやり方は支持しませんが、だからと言ってこの表記変更の動きに大賛成というわけではありません。もう「キエフ」や「チェルノブイリ」という表記が定着しているのだから、わざわざ変える必要があるのでしょうか。ロシア語そのものに対する差別、ひいてはロシア人への差別にもつながると思います。ですので、ぼくは従来どおりの表記で続けます。

キエフが第1聖地、クリミア半島が第2聖地


ロシア正教はキエフから始まっています。イエスの12弟子の1人であるアンデレ(一番弟子ペテロの弟)が黒海北東地方の布教を行い、現在のキエフに当たるドニエプル川河畔の丘陵地帯で祝福の祈りを行い、十字架を立てたことがロシア正教の原点です。まさにロシア正教の聖地です。

アンデレはこの布教の後にギリシャで殉教します(当時の布教活動は命懸け)。処刑されるとき、イエスと同じ十字架では申し訳ないと言い、X字形の十字架にはりつけてもらって、殺してもらったそうです。すげえ信仰です。ちなみにアンデレのX字形十字架を旗にしたものをセント・アンドリュー・クロス(聖アンデレ十字)といい、スコットランドの国旗、ロシア海軍やウクライナ海軍の軍艦旗などに用いられています。

ウクライナ南部のクリミア半島は、1世紀末にクレメンス1世(聖クリメント)が流刑にされ、殉教した地です。クレメンス1世とは、第3代のローマ司教(第4代教皇)で、ペテロの直弟子でもあります。そういう意味で、クリミア半島はロシア正教の第2の聖地です。

そして988年、キエフ大公ウラジーミル1世が、東ローマ帝国の国教である正教会の洗礼を受けた瞬間が、ロシア正教会を基盤とした国家の基点となっています。府主教座(主教の上位聖職者・府主教がいる場所)は、キエフ大公国の首都であったキエフに置かれました。

要するに、2014年にロシアがクリミア半島を併合したのも第2聖地奪還であり、今回のウクライナ侵攻は第1聖地であるキエフの奪還が最大の目的です。

キエフ大公国から現れた国が、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの3国です。今回のウクライナ侵攻でベラルーシがロシアに協力的であるのも、同じご先祖さまを持つ国だからです。そういう歴史的なつながりを断ち切ろうというウクライナを許せないのは、プーチン大統領だけではなく、ロシア人、ベラルーシ人たちの中にも多いのです。

しかもウクライナの正教会は、2018年にロシア正教から独立してしまいました。いわゆる分派です。ロシア正教が頭に来るのも当然でしょうね。

ヨーロッパのキリスト教だって虐殺していた


ぼくら日本人は宗教にあまり熱心ではない人が多いですが、世界ではそういった国のほうが特殊です。世界は宗教が回していると言っても過言ではないほど、宗教は人々の心に深く根ざし、行動原理になっています。

大昔にキリスト教が伝えられた場所を聖地と称し、そこを奪還するために人殺しをするロシアは狂っているとぼくら日本人は感じます。他の国々もけしからんと口では言っていますが、本当は心の中では「気持ちは分かるけどね」と思っているのです。

今も紛争が絶えない中東が良い例です。聖地エルサレムの奪い合いで、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三つ巴の争いが、2000年以上も続いているのです。

ぼくらは、赤十字社といえば平和の象徴のように思いますが、イスラム教圏では十字架は悪魔に近い存在です。聖地奪還を目指したヨーロッパのキリスト教徒が、十字旗を翻して繰り出した十字軍の遠征では、イスラム教徒であれば女性も子どもも見境もなく虐殺されたからです。だからイスラム教圏では、いまだに赤十字社とは言わず、同じ組織であるにもかかわらず赤新月社と言うのです。

もっとひどいことには、十字軍はライン川上流に向かって進むべきところを、わざわざ遠回りして下流へ向かい、ユダヤ教徒の集落に寄り道して略奪と殺戮を繰り返しています。もちろんここでも女性や子どもの区別などなく、まさに無差別虐殺です。

「かつてのヨーロッパのキリスト教がここまでして聖地奪還を果たそうとしたのに、なぜそのヨーロッパが、当時の彼らと同じようなことをしている今のロシアを非難するのだ」というのがロシア人の心の声でしょう。また、そう言われたら返す言葉がないのが、世界のキリスト教徒でしょう。だから、この点にはあえて世界のメディアもあまり触れないのです。

ソ連を崩壊させた自由主義陣営の責任


プーチン大統領のロシア国内での支持率は、独立系の世論調査機関(つまりプーチンの息が掛かっていない機関)が調査したところ、80%を超えたそうです。

プーチン大統領 支持率 “4年ぶりに80%超” 独立系の調査機関(NHK)

民間の世論調査機関「レバダセンター」が3月24日から30日にかけて、ロシア国内の18歳以上の1632人に対面で調査したところ、「プーチン大統領の活動を支持する」と答えた人は83%に上り、「支持しない」と答えた15%を大幅に上回りました。

これだけ支持されているのですから、プーチン大統領がウクライナ侵攻をやめる理由がありません。とことんやるでしょう。

そもそも、ロシアの人口約1億4,600万人のうち、ロシア正教の信者は約1億人で約7割を占めます。ですからプーチン大統領は、ロシア正教にいい顔をしていれば、70%の支持率は簡単に手に入れられるのです。

プーチン大統領が偉かったのは(とロシア人が感じているのは)、ロシア正教を復興させたからです。この点を西側諸国は知らないか、知っていても見えないふりをしています。

1991年に崩壊したソビエト連邦は、それまでの精神的支柱であった共産主義を失いました。その精神的空白に入り込もうとしたのが、自由主義陣営の宗教です。伝統的な宗教のみならず、創価学会、統一教会、幸福の科学といった新興宗教や、果てはオウム真理教のようなテロ集団まで進出する始末で、ロシアの人々は混乱しました。

そこでプーチン大統領は、ロシアの精神的な原点であるロシア正教を立て直したのです。予算を付け、教会堂をきれいにし、さまざまな優遇措置をしました。おかげで信者が増え、古き良き伝統を重んじる国家になっていったのです。

当然、ロシア正教のトップであるキリル総主教は、プーチン大統領を全面的に支援しているのです。

焦点:ウクライナ侵攻による正教会の混乱、孤立するロシア総主教(ロイター)

ロシア正教会のキリル総主教が、ロシアによるウクライナ侵攻に高らかな祝福を与えたことで、世界中の正教会は分裂の危機に陥り、専門家から見ても前代未聞の反乱が正教会内部で生じている。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の盟友であるキリル総主教(75)は、今回の戦争について、同性愛の受容を中心に退廃的であると同師が見なす西側諸国への対抗手段であると考えている。
(中略)
プーチン氏にとってはロシアの政治的な復権だが、キリル総主教から見れば、いわば十字軍なのである。

そもそもキリル総主教は、西洋のキリスト教圏は堕落していると考えているのです。彼らがLGBTを容認しているからです。LGBTとは、“L”=レズビアン(女性同性愛者)、“G”=ゲイ(男性同性愛者)、“B”=バイセクシュアル(両性愛者)、“T”=トランスジェンダー(生まれた時に割り当てられた性別にとらわれない性別のあり方を持つ人)など、性的少数者の総称です。

伝統的なキリスト教の教えでは、神はご自身に似せてアダム(男性)をつくり、男性の助け手としてイブ(女性)をつくっているとしています。つまり男性と女性の性交渉しか許しておらず、しかもそれは一夫一妻、1対1でしか許していません。しかし西洋のキリスト教圏はLGBTを容認する堕落者です。そのヨーロッパに近付こうと「EUに入れてくれ」などと擦り寄っていくウクライナを、ロシア正教は決して許さないのです。

アメリカをはじめとした自由主義陣営は、共産主義国ソ連を崩壊させたことで良かった良かったと喜んでいましたが、本当にソ連の人々のことを思っていたら、その後の精神的復興(失われた価値観への対処)にも注力してあげるべきだったと思います。

要は、西側諸国の自由主義陣営が、ソ連崩壊後に精神的ケアを怠ったこと、特に共産主義に替わる強固な宗教的信念をロシア国民に与えられなかったことが、プーチン大統領とロシア正教のスクラム体制を生んでしまい、2014年のクリミア併合や、今回のウクライナ侵攻につながり、多くの血を流すことになったのです。ソ連崩壊に加担した人たちは、今こそ猛省するべきです。


“聖地奪還戦争 ~ロシアのウクライナ侵攻~” への2件の返信

  1. いつも楽しく拝読しています。
    なるほど、ロシア正教の真実が根本にあるのですね。
    かつてブッシュ大統領はクエートが解放され、混乱
    に陥った時に「これが自由であり民主主義だ」と
    言われた記憶があります。宗教なき自由とはそう
    なってしまうのでしょうね。
    ロシア・ウクライナの問題を カイン/アベル と
    説明する意見もありますね。
    しかし、21世紀のこの時代にこの戦争を止めること
    ができない・・・とは人類は過去の大戦時と
    精神面では変わっていないのでしょうね。
    いずれにしても普段から「平和を唱える人や」
    「宗教者」の何もできない姿には
    ガッカリ感しかありません。

    • がっかりですよね。そもそも国連が何もできないのだから、どうしようもないです。ていうか、そもそも国連(国際連合)という訳語がおかしい。
      United Nationsは「連合国」。第2次世界大戦の戦勝国がつくった組織で、戦勝国が常任理事国という構成です。ロシアも常任理事国。常任理事国には拒否権があり、一国でも拒否権を行使されたら、国連は何もできない。だから、今、ウクライナに国連軍を送れない。
      要は、第2次世界大戦に勝った国が支配しているのが国連であって、平和を守る機関でも何でもないということ。国連改革も絶対に必要でしょう。

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