宗教二世問題は、単なる親子問題



安倍元首相を殺害した山上容疑者の減刑を求める署名が6000人を超えているそうです。

山上徹也容疑者「減刑署名」が6000人突破 感情論から自民党の責任論へ“過激化”する擁護派の主張
(青字が引用部分。以下、同様)
7月15日に署名サイト「Change.org」で始まった、この活動。署名活動を立ち上げたとされる人物は、同サイトで山上容疑者について《過酷な生育歴を鑑みての温情》《本人が非常に真面目、努力家であり、更生の余地のある人間である事》を理由に、山上容疑者への減刑を「検察庁長官殿」に求めている。

8月12日18時時点で、賛同者は6000人を超えており、目標とされる7500人を達成しそうな勢いだ。

まだ起訴もされていないし、山上容疑者が自供しているとされる内容の真偽も明らかではない中での減刑署名には、当然疑問の声も上がっています。

同記事より
「山上容疑者の犯行がきっかけとなって、旧統一教会の抱える問題に注目が集まったことは間違いありません。しかし、暗殺事件が起きてしまったのは事実。

さらにいえば、山上容疑者の犯行動機に関してはまだ、捜査の途中です。11月29日まで精神鑑定がおこなわれることになっていますし、“減刑”について議論をするのは時期尚早です。

あまりに旧統一教会に“ヘイト”が向きすぎて、暗殺事件を軽視し、過激な自民党批判に目が向けられるのは、別の意味で危険な風潮です」(前出・社会部記者)

署名活動を立ち上げた人物の言う「過酷な生育歴を鑑みての温情」という理由は分からなくはないですが、何せ安倍元首相という被害者がいることですから、もっと慎重になるべきだったとぼくも思います。せめて、検察が山上容疑者の動機を認定して、起訴された後から署名活動してもよかったのではないかと思います。

同じ宗教二世でも親子関係まで一律ではない

こういった世の動きの中で、メディアで取り上げられることが多くなったのが、宗教二世問題といわれるものです。宗教二世といいつつも、ほぼ旧統一教会二世に絞られている感じもしますが・・・。

旧統一教会二世で、現在は脱会している人と、現在も信者である人の動画を見てみました。

【元二世信者】

【現役二世信者】

いろいろな感想はありましょうが、ぼくは「宗教二世問題は、単なる親子問題」だと感じました。

動画の元二世信者が脱会のきっかけとなったのは、母親が祖母の介護疲れから強く当たるようになり、パニック障害になってしまい、さらに父親から「試練を与えられるのはすごいこと、神様が期待している」と言われたことだったということです。その結果、統一教会のせいで人生めちゃくちゃになったと考えるに至ったということです。

このご両親の態度は普通に考えてもNGでしょう。介護疲れで子どもに当たるって普通に駄目です。苦しんでいる娘に「神様が期待している」などというのもいただけません。

一方、現役二世信者は、親が献金して貧乏だったが、親は自分をたくさん愛してくれたと語っています。また、自分の母親は世界平和のためにお金を使ったので、すごいと思っていると語っています。

この2つの動画は、同じ教えの宗教の二世信者であっても、親子関係まで一律ではないという証左です。ですから、「旧統一教会の二世信者は不幸になっているので救わなければならない」という理屈は危険でしょう。米本和弘氏の言葉を肝に銘じましょう。

週刊文春の記事です。
メディアは視野狭窄で、すべてが「白か黒か」になってしまう。これも極めてカルト的だと思います。「白か黒か」ではっきり分かれるものなんて、世の中にない。黒の中にも白があるし、白の中にも黒がある。そういう単純なことを、メディアは理解しません。だから統一教会バッシング一色になっているでしょう。

子どもの情報リテラシーを高める教育で十分

ただし、親は信教の自由でその宗教を選択したとしても、生まれた子どもは親の宗教を継ぐ義務はありません。子どもにも信教の自由があります。ですから、成人になった子どもに対し、親が自分の信じる宗教を強制できないことは言うまでもありません。子どもの自由にさせるべきです。

そうはいっても、生まれた時から特定の宗教の教えを刷り込まれているのだから、脱会するのは難しいのだという論も見受けられます。一理ありますが、親が子どもに自分の信ずることを教えることを国家が規制することもできません。その家に生まれた子どもの宿命というもの、今風に言えば親ガチャということです。

どの宗教の信者だって、それが正しいと信じているだから、子どもにもその教えを説いたり、儀式をさせたりすることは当たり前で、それを外から止めることはできません。それは旧統一教会に限らず、どんな宗教でも言えることです。

幸い、現代はインターネットが発達していますから、子どもが検索すれば、親が信じる宗教についての情報は簡単に得られます。ですから、社会ができるサポートは、情報リテラシーを高める教育で十分でしょう。

自分の人生というドラマの主人公は自分

2021年に親ガチャという言葉が流行語大賞にノミネートされましたが、自分が生まれた家庭の環境は受け入れざるを得ません。それをネガティブに捉えるか、ポジティブに捉えるかは、その人それぞれです。前出の2人の二世信者の受け止め方の違いを見れば明らかです。

ぼくが生まれた家庭も、普通に見たら不幸な環境です。父はギャンブルばかりして定職に就かず、日雇いで働いて得たお金は全てギャンブルにつぎ込んでいました。ぼくの小さい頃の写真は、競馬場、競輪場、オートレース場などで撮られたものばかりです。父のギャンブルに連れ回されていました。

母がパートで養ってくれました。ですから、少年時代のぼくは父が嫌いでした。母からは、高校の学費は出せないので、中学を卒業したら就職するか、進学するにしても学費は自分で出してくれと言われていました。だから、ぼくは自らアルバイトで学費をつくって学校に通いました。

卒業後に新聞社で働くようになり、だんだん好きに物が書けないサラリーマン生活に嫌気が差し、小説家になりたいと真剣に思うようになった時に、ぼくは父が好きになりました。自分のやりたいことをやってきた父はすごいと思うようになりました。

どう見たって父親失格ですが、周りから何を言われてもやりたいことをやり続ける父は、人間としてすごいと思いました。尊敬しているわけではありません。単純にすごいなと思ったということです。

また、そういう父と離婚せずにぼくを育ててくれた母を尊敬しました。初めて「おやじはすごいよねえ」と言ったぼくを、うれしそうに見た母の顔は今でも忘れません。母からすれば、父に良いところを見たから結婚したのです。息子が父をけなすより、父を褒めてくれたほうがうれしかったのです。それ以来、ぼくは父をけなすことをやめました。

父が亡くなる時、医師から「聴覚だけは最期まで残っているので、声を掛けてあげてください」と言われ、「おやじ! ありがとう!」と大声で繰り返したら、父が一言「うるせえなあ・・・」と言って息を引き取りました。「最期までおやじらしかったなあ」と、その場で家族が大笑いしたこともいい思い出です。

自分の人生というドラマの主人公は自分です。どんな有名人であっても、ぼくの人生ドラマの中では脇役に過ぎません。自分の人生ドラマをハッピーエンドにできるかできないかは、自分次第です。そう思って家庭環境を捉えたほうがよろしいと思います。

間違っても、自分の親がやっていた宗教を恨んで、ほとんど関係のない人を殺して、恨んでいた宗教に社会的制裁をしようなどと考えないでください。自分勝手も甚だしい。そういう人に対して減刑署名するのも、よく考えてからにしてほしいものです。

【関連】
カテゴリー『安倍元首相暗殺


“宗教二世問題は、単なる親子問題” への2件の返信

  1. >ですから、成人になった子どもに対し、親が自分の信じる宗教を強制できないことは言うまでもありません。子どもの自由にさせるべきです。

    そうは言っても、1世信者は大学や社会人になってマインドコントロールされますが、2世信者は生まれた時からマインドコントロールされるので、自由にマインドコントロールから抜けることはできないでしょう。2世信者の本人に自由にしろと言うのは無理なのでは?

    https://news.yahoo.co.jp/articles/8eb5abe023fc9282ea9895f1b7fc7e49af8c2137?page=3
    マインドコントロールに詳しい紀藤弁護士でさえ、マインドコントロールを解くのに2年かかったと言っています。完全に回復するには数十年単位とも言っています。

    「長い期間、説得を続ける家族が冷静さを維持するためにも専門家の援助は不可欠だ。」
    「カルトや陰謀論にハマった家族を「恥ずかしい」と考え、性急に解決しようとするのは逆効果。専門家の助けを得ながら根気強く向き合えば、解決策が見えてくるはずだ。」
    とこの記事でしめくくっているように、京橋さんがいう情報リテラシーを教育するだけでは不十分で、マインドコントロールを解く専門家の育成や体制作りも国としてやるべきでは?

    • コメントありがとうございます。
      そうですね。紀藤弁護士は『マインド・コントロール (2時間でいまがわかる!) 』というご著書もおありの方ですもんね。そういう人でも2年かかったというのでは大変そうですね。

      なあんちゃって紀藤弁護士を持ち上げておいてなんですが、そもそもマインドコントロールとは科学ではなく、疑似科学です。ぼくは科学者のはしくれなので、疑似科学が大嫌い。というか許せない。疑似科学とは、「科学という虎」の威を借りた疑似宗教です。疑似科学は、科学を冒涜しているとすら思っています。

      参考
      http://movingcreation.com/pseudoscience_to_hide_the_identity/

      この他にも、人気記事(2020/11/10より集計)にランクインしているような「水からの伝言」、「πウォーター」、「心霊写真」など、疑似科学をぶった切ってきました。

      ぼくが、そもそも紀藤弁護士や旧統一教会を批判する人の主張を、眉に唾を付けて聞くようなった理由も、彼らがマインドコントロールということをしきりに言っていたからです。米本氏ではないけど、「お前らも(統一教会と)同じだよ」です。マインドコントロールを信じる人は、宗教の信者と変わりません。

      うーん。マインドコントロールについても詳しく書きたくなってきた。でもお盆休みはきょうまでなんですよねえ。仕事が始まったら書けるかなあ。ここ数年、このブログは1カ月に1回更新することを目標にしてきたくらいで、仕事が始まるとブログの更新頻度は落ちてしまいます。今年は珍しくお盆期間に仕事がなかったのと、旬な話題があったので筆が進みました。

      なので、期待しないでお待ちください。マインドコントロールがいかに非科学的なものか、いずれ記事に書きたいと思います。

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