「マタニティーマーク」なんて知らない


厚生労働省が作製した「マタニティーマーク」について、6割近くの男性が知らなかったそうです。ぼくも知りませんでした。妊婦が身に付けることで、公共交通機関での配慮を促すことが目的のマークだそうです。

特に妊娠初期はお腹が目立ちませんから、このマークで「妊婦さんだ」と認識してもらうということです。しかし、男性の認知度がそんなものだったら、大して役に立っていないでしょうね。

男としての誇りや責任を持たせてあげるほうがいい

マタニティーマーク
マーク製作の主旨は理解できますが、なんだか小手先だけの対策のように感じます。もちろん、小手先だけでも、やらないよりはマシです。満員電車の座席に座っている男性がマークの意味を知っていて、その前にたまたまマークを付けている女性が立てば、席を譲ってあげられるかもしれません。

でも、その女性がわざわざ満員電車に乗る理由は何でしょうか。ほとんどの場合、通勤でしょう。妊娠初期に産休が取得できる会社は少ないですから。だったら国は、妊娠初期でも産休を与えるとか、時差出勤を認めるとか、そういう対策を企業に求めることのほうが本質だと思います。なんだか国は、国民の善意に頼っているだけのように感じます。

ぼくはサラリーマンをやめていますから、現在は通勤電車に乗っていません。乗っていた時は、ほとんど座りませんでした。立って読書していました。

お年寄りや女性や子どもが立っていれば、席を譲りたくなるのが「普通の昭和の男」だと思います。なぜなら、か弱い存在だと思っているからです。座って本に夢中になってしまうと、か弱い存在が近くにいても気が付かず、席を譲ってあげられません。それでは昭和の男として気が引けるので、初めから座らないのです。

でも、最近は何でも平等であり、社会は自由競争であると教えるものだから、お年寄りや女性や子どもが満員電車で大変そうにしていようが、先に座った者が座席を優先するのは当然の権利だと思っている男性も多いです。

ぼくはあえて言いたいですが、男女差別や年齢差別は必要だと思います。体力的には、明らかに女性よりも男性のほうが上ですし、若年層・老年層よりも青年層・中年層のほうが上です。だから青年層・中年層の男性は、体力的に弱い彼ら・彼女らに席を譲るのは当然でしょう。女性が妊娠していようがいまいが、席を譲る男たちが増えればマタニティーマークなんていりません。

マタニティーマークを男性に教えるよりも、か弱い存在を助ける心を男性に植え付けるほうがいいと思う次第です。男としての誇りや責任を持たせてあげるほうが、ずっと深く社会に浸透し、女性が過ごしやすい社会になると思います。


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