本物の心霊写真を撮ってみました


写真は、わが家の居間で撮影したものです。白い球体の浮遊物が写っています。一般的に、このような浮遊物は「オーブ」と呼ばれており、霊だと解説している本も多いです。しかし、左の写真は霊ではありません。科学的知識に基づいて、シャッターチャンスを逃さず撮影した物理現象です。つまり、「こういう写真を撮る」というイメージを明確にもって計画し、そのとおりに写されたものです。偶然に写ったものではありません。

こんなことを言うと夢を壊される人もいるかもしれませんが、そもそもカメラに霊が写ることはありません。カメラとは、被写体から飛んできた光を取り込み、フィルムに化学反応を起こして像を焼き付ける機械です。デジタルカメラも記録する媒体が違うだけで、仕組みは同じです。

霊が写真に写るためには、霊が「物理的な光」を発光、または反射しなければなりません。しかし、物質ではない霊が、物質である光と相互作用することは、科学的にあり得ないのです。

もし、うそ偽りなく霊を見たという人がいたとしたら、それはいわば「霊眼」で見たのでしょう。あくまでも物質界の存在である肉眼やカメラには、霊が写ることはあり得ないのです。ぼくは霊の存在を密かに信じていますが、霊は物質ではないと考えていますので、上記のように結論付けています。

では、ぼくが撮影した上の写真には何が写っているのか? これは、空中の埃(ほこり)に、ストロボの光が反射したものです。座布団を思い切り叩いた後に、埃が舞っていそうな場所を狙ってシャッターを切ったのです。写真に写るものは、必ず物質なのです。

このような「オーブの写真」が撮れる仕組みは、次のようなものです。

左の図は、レンズとストロボの関係を示しています。昔のカメラは、レンズとストロボが離れていました(上の図)。ですから、レンズの近くに浮遊する埃や水滴にストロボの光が反射しても、レンズに届くことはなく、写真に写りませんでした。

最近のカメラは小型化されたため、レンズとストロボの距離が近くなっています(下の図)。そのため、昔のカメラでは届かなかった光が、届くようになったのです。

むろん、光が届いてもピントが合わなければ写真には写りません。

ピントが合う範囲を「被写界深度」といいます。左の図のように、レンズの口径が大きい場合は、屈折して入ってきた光が、ほぼ1点で焦点を結んでいます。

しかし、レンズの口径が小さい場合は、比較的に長い範囲で3本の線が重なっていることが分かります。この線が重なっている範囲が長いほど、ピントが合う範囲も長いことになるのです。

つまり、こういうことです。最近のカメラは小型化を追及したため、ストロボとレンズが近くなり、レンズの口径も小さくなりました。ストロボの光は、レンズの近くに浮遊する埃や水滴に反射し、レンズから進入します。レンズの口径が大きければ完全にピントが外れて見えないのですが、口径が小さいために微妙にピントが合ってしまい、中途半端にぼやけて写真に写ってしまうというわけです。

いわゆる「オーブの写真」は、カメラの小型化に伴う副産物だったのです。では、霊の写真はないのでしょうか? 確かに物理的な現象としての心霊写真はないといっていいと思いますが、世界は物理的なものだけはありません。

最先端の科学哲学では、「本物の事実とは、客観的事実と主観的事実がセットになったものだ」と考えます。客観的事実と主観的事実とは、次のようなものです。

例えば、コップに水が半分入っているとします。これが「客観的事実」です。Aさんは「水が半分しかない・・・」とがっかりし、Bさんは「まだ水が半分もある!」と喜びます。この感じたありさまが「主観的事実」です。

そして、Aさんにとっては「コップ半分の水」と「水が半分しかない・・・」がセットなのです。Bさんにとっては「コップ半分の水」と「まだ水が半分もある!」がセットになっています。このように、主観的事実と客観的事実は分離できません。2つがセットで「本物の事実」なのです。

したがって、「これは霊の写真だ」と実感すれば、客観的には埃でも、それは霊の写真です。そして人間にとって大切なものは、客観的事実ではなく、むしろ主観的事実(実感)のほうなのです。

しかし、実感していないのにもかかわらず、軽々しく「これは心霊写真だ」などと言ってはなりません。もし本当に霊が存在するとしたら、それこそ霊に祟られるかもしれません。ご注意くださいませ。


本物の心霊写真を撮ってみました” へのコメントが 3 点あります

  1. なるほど。。。

    同じ様な写真を知人に見せてもらったことがありますけど、条件が揃えば私にも撮れるってことですね。

    では、よくテレビでインチキ霊能者(失礼..)が浮遊霊とか地縛霊などと霊視をしている(?)人の顔や手足が写っている写真は、どうすれば私にも撮れるのでしょうか?(笑)

  2. 人の顔や手足が写っている写真は、撮られ方を大きく分けると2種類です。
    1)たまたま撮れた。
    2)故意に撮った。

    1)の場合の多くは、「まあ、そうにも見えるよね」というものです。たいていは木や草がたまたま顔などの形に見えるように写ったということです。

    2)の場合の多くは、いわゆるインチキ写真です。たくさんの撮り方がありますので列記は控えます。最近では撮った後に、Photoshopなど画像ソフトで、簡単に合成できます。

    記事にも書きましたが、霊が本当に写真に写ったとすれば、霊は光を反射もしくは発光する「物質」となるわけです。つまり最低限、シャッタースピードの時間はそこに物質として存在していなくてはなりませんから、周りの人が気付かないはずがないです。

  3. ピンバック: 霊が写真に写らないわけを科学する | ∂世界/∂x = 感動

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