冷凍保存された遺体は、果たして100年後に生き返るのか?


ロシアでは、100年後の医学の進歩に期待して、遺体の冷凍保存をしている人々がいるそうです。

蘇生を願い、人体を冷凍保存する人々 写真16点

ロシア、モスクワから北へ2時間ほどの距離にある小さな白い倉庫には、再び生を得る日を待ちわびる56人の遺体が収められている。遺体は完全に血液を抜かれ、マイナス196℃の液体窒素に逆さまに漬けられた状態で、100年先まで保存される。
(中略)
がんや心臓病で亡くなったとしても、そうした病が存在しなくなった未来であれば、人は蘇生できるかもしれない。「彼らは技術の進歩を信じています」。

冷凍保存されたこれらの遺体は、果たして100年後に生き返るのでしょうか? 大きく分けて、2つの重要な問題があると思います。

まずは物理的な問題です。科学が進歩したからといって、死んで冷凍されていた遺体が、再び生きていたときのように動くのかという問題です。

そもそも自然界の物理現象というものは、不可逆的なもの、つまり元に戻らないものです。コーヒーカップを床にたたきつけて粉々に割ってから、元の状態に戻すことができないようなものです。むろん、破片を一つ一つ根気よく接着剤で付けていけば、元の形を復元できます。しかし、その姿は割れる前の状態とは明らかに異なります。つぎはぎだらけで、元と同じ機能は発揮できないでしょう。熱いコーヒーを入れたら、たちまち割れてしまうでしょう。

生物の体となれば、さらに複雑です。冷凍保存していれば腐らないかもしれませんが、さまざまな機能が完全に復元できるという予想はかなり楽観的だと思います。仮に一部の機能が戻ったとしても、全ての機能が戻らない限り、その後の人生はかなり苦労すると思います。例えば、手足は動くけれども、目・耳・口・鼻の機能が戻らなかったら、大変だなあと思います。

物理的な問題と並んで重要な問題は、精神的というか哲学的というか宗教的というか、そういう問題です。要は、精神あるいは意識あるいは魂といったもの(以降、心と呼びます)は、肉体の機能と共に戻るのかということです。もっと端的にいえば、心は脳の産物なのかということです。

多くの人は、脳が心を生み出していると考えていますが、別にそれが科学的に証明されたわけではありません。確かに脳の研究が進んできた今日、脳と心は密接に関係していることは分かっていますが、それ以上のことはほとんど未解明です。

古代の人が考えていたように、心は脳(体)とは別に存在しているということも十分にあり得えます。その場合、肉体が死んだら、心はもう次の世界に行って、こちらの世界には帰ってこないかもしれません。そうしたら、仮に冷凍保存していた肉体が完全に機能を回復しても、その肉体には心がないことになってしまいます。まさにゾンビです。

まあ、こういう話は宗教っぽいという感じがしますので、物理的な問題に話を寄せてみます。仮に脳の中に「人間らしさをつかさどる部分」があったとして、冷凍保存から復活したときにその部分だけが機能しなかったらどうなのでしょう。その場合、その生き返った人は人間らしくないモノになってしまいます。ゾンビとまでいいませんが、そのモノは人間ではなく動物になってしまいます。それもなんだか怖い話です。

この思考実験は、脳の中の「人間らしさをつかさどる部分」をいろいろと変えることで、いくつでも恐ろしいシミュレーションができます。例えば「殺人などの犯罪行為を悪と考える部分」、「性欲を抑える部分」などなど、それらの部分の機能が戻らないと、社会にとって害悪になるモンスターを生み出す危険性もあります。あるいは、「自分を自分として認識する部分」が機能しなければ、自分が誰なのか分かりません。これで自分が生き返ったといえるのでしょうか。

万が一にも、将来、冷凍保存した遺体を心身共に完全に復元できる技術が開発されたとしても、そもそもそれが「現在の冷凍保存方法」をベースに可能なのかということが全く分かっていないのです。もしかしたら、全く別の方法で冷凍保存しないと復元できないかもしれません。「現在の冷凍保存方法」では、殺人鬼や強姦魔になってしまうという可能性だって否定できないのです。

ぼくらの体の仕組み、心の正体を完璧に解明できていない(自然界のルールを知らない)時点で、物理的に冷凍保存からの蘇生を試みようとすることには、ぼくは賛成できません。要は、将棋のルールを全く知らないのに、適当に駒を動かしていたら藤井聡太六段に勝つようなものです。そんなことに時間とお金と労力を使わないで、もっと世界に役立つことに使ってほしいです。


“冷凍保存された遺体は、果たして100年後に生き返るのか?” への2件の返信

  1. 小林さん、お久しぶりで~す。
    私ごとですが、息子が早々と公立高校の理数科に合格して、高校からの入学前の課題、読書感想文を書いています。3冊のうち2冊は小林さんの本です。(もちろん私が薦めました)
    冷凍保存の記事ですが、以前テレビで冷凍した金魚が再生したのを見ました。その後どれだけ生きたか知りませんが。
    でも冷凍すれば細胞が破壊されるなどして、まともに再生できるとは考えにくいですね。

    • お久しぶりです。拙著のご活用ありがとうございます。

      冷凍金魚が生き返る「ショー」ですが、あれは表面だけが凍っている状態ですぐに解凍するから蘇生するだけです。内部まで凍ったら生き返りません。

      冷凍金魚に限らず、人間も心肺停止しても短期間であれば蘇生するのは周知のとおりです。完全に健常に戻るのは、心肺停止から3~4分が限界で、それ以上になると脳などに重い障害が残ります。10分以上では、ほぼ助からないとされています。

      100年冷凍して解凍しても、とても生き返らないと思いますけれどもね。

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