霊を科学する(5)結び付け問題



随伴現象説における第4の難問は、結び付け問題と呼ばれるものです。

例えば、今あなたの視野の中で白い犬が走っているとします。このとき、脳では「白い(色)」というクオリア、「犬(形)」というクオリア、「走っている(動き)」というクオリアが、それぞれ別の、空間的に離れた場所で認識されていることが分かっています。

つまり脳は、「白い犬が走っている」という出来事を、「白い」、「犬」、「走っている」というように、3つに分解して認識するわけです。別々の場所で認識したこの3つのクオリアを、脳はどうやって結び付け、「白い犬が走っている」という「分解前」の状態に戻して認識するのか? これが結び付け問題です。

当初、認知脳科学者たちは、合流領野説でこの問題を解決しようとしました。脳の側頭葉という部分、または前頭前野という部分にこれらのクオリアが集められて統合されるという説です。簡単にいえば、別々の情報を1カ所に集め、1つに合わせるということです。

しかし、この合流領野説は、たちまち暗礁に乗り上げてしまいました。なぜなら、もし最終的に、ある特定の領域で情報が統合されているとすると、脳で認識されたあらゆる情報がそこに集中するわけですから、その領域には膨大な情報容量が用意されていなければならないからです。ところが、組み合わせの爆発を考えると、それは不可能なことになるのです。

組み合わせの爆発とは、しばしばフォルクスワーゲン議論と呼ばれています。フォルクスワーゲン(車の名前)の色は、何色にでも塗ることができます。もし車の形が100通りあって、色が100通りあれば、脳が車を認識するためには、100×100=1万通りの組み合わせに対応する情報容量を、合流領野が持たなければならないのです。そして実際には、車を全ての角度から見た形と、全ての車の色の組み合わせを考えなければなりませんので、それに対応するニューロンを用意しておくだけでも、合流領野は爆発してしまうのです。

このような考察から、合流領野説は棄却されました。

次に考え出されたのが、ニューロンの同時発火説です。「白い」と認識したニューロンA、「犬」と認識したニューロンB、「走っている」と認識したニューロンCは、「白い犬が走っている」という出来事を見たことが原因で発火したのだから、同時に発火するはずです。従って、これら3つのニューロンが、自分と同時に発火したニューロンを感知し、情報を結び付けているのだというわけです。

ちなみに、「白い」というクオリアを担って発火しているニューロンは、実際には1つではなく、幾つかの集まりだということが分かっています。これは他のクオリアである「犬」と「走っている」も同様です。従って、実際にはA、B、Cという3つのニューロンだけではないのですが、話が複雑になるので、ここでは3つということにして説明を続けます。

脳内では、AもBもCも、互いに隣同士にあるわけではありません。空間的にはかなり離れた所に位置しています。つまり、互いの電気信号を交換するには、中間にあるたくさんのニューロンを経由して行かねばなりません。この電気信号のスピードは秒速1mほどですから、例えばAからBまでの距離が20㎝ならば、0.2秒かかる計算になります。

しかし、AからC、BからCの距離が、全く同じ20cmである保証はありません。というより、その可能性はゼロに近いでしょう。それぞれの距離が異なるということは、信号の到達時間もそれぞれ異なるのです。従って、例えばAからCへは0.1秒、BからCへは0.3秒かかるということになります。

つまり、A、B、Cのニューロンは、互いの信号を「同時」に検知できないのです。ニューロンの同時発火を、互いのニューロンが同時に検知できずに、いったいどうやって「互いが同時に発火した」と分かるのでしょうか? これも明らかな論理破綻なのです。

このように「脳の機能の最小単位・ニューロンの活動に随伴して心が生じる」という随伴現象説は、多くの論理的限界を指摘されているのです。


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