なぜベッキーとSMAPの謝罪に不満が続出するのか?


謝罪
不倫騒動で謝罪記者会見をしたベッキーと、解散騒動で生番組謝罪をしたSMAPでしたが(いずれも敬称略)、その後も多くの人からの不満が後を絶ちません。なぜでしょうか?

いろいろな理由はあるのでしょうが、一番大きな要素は、お茶の間の人が知りたいことを語っていないということに尽きるでしょう。人間、知りたいことを知ることができないときほど、フラストレーションがたまるものです。

ベッキーであれば、「本当に不倫をしたのか」ということについて、明言をしなかったことです。はっきり「不倫をしていません」と言えば、少しは事情が違ったと思います。仮に、本当は不倫をしていたとしても、はっきり否定すれば、それはそれで納得する人も出てくるものです。むろん、不倫をしている客観的証拠が出てしまっていれば、はっきり否定することが逆効果になることは当然です。そのときは、はっきり「不倫をしていました」と言ってしまったほうが賢明です。

SMAPのほうも、本当は事務所内でどんなことがあったのかを語らないので、皆フラストレーションがたまっているのでしょう。ぼくはこういう芸能ネタは全然関心ないので、食事時に娘から聞く話程度しか知識はないですが、社長が傲慢だとか、マネージャーがそそのかしたとか、はたまたキムタクが仲間を裏切ったとか、いろいろと報じられているようです。このようにいろんな情報が乱れ飛んでしまっているのだから、「本当はこういうことがあったのだ」と明言しない限り、お茶の間の人(特にファン)はイライラから抜け出せません。

もう一つの不満が絶えない理由に、一方通行ということが挙げられます。ベッキーもSMAPも、自分たちが一方的に話しただけであって、一切質問を受け付けないスタイルの謝罪だったからです。

日常生活で考えれば、簡単に分かります。家族でも友達でもいいですが、あなたと普段よく接している人が、あなたの信頼を裏切ったあげく、あなたの目の前でただ一方的に弁明し、あなたからの質問に一切答えなければ、どう感じるでしょうか。不満しか感じないでしょう。

それと同じです。ベッキーやSMAPにとってお茶の間の人は見ず知らずの他人ですが、お茶の間の人からしてみれば普段よく接している人なのです。ベッキーやSMAPは、お茶の間の人たちからそのような親近感を持たれていることを忘れ、お茶の間の人の心の声に一切答えず、一方的に自分たちの弁明に終始するのですから、お茶の間の人のフラストレーションはたまるだけです。

少なくとも、そこに質問してくれる記者がいれば、お茶の間の人の声を代弁してくれるので、少しは不満も和らぐのですが、彼らはそういうスタイルの謝罪会見すらしませんでした。これは致命的なミスです。あれだけ有名な芸能人なのだから、危機管理コンサルタントが付いて会見なり番組をセッティングするものと思っていたのですが、どうやらそうでもないようですね。芸能界って、一般企業よりもリスク管理が遅れているのかなあ。

ベッキーが不倫していようが、SMAPが解散しようが、ぼくの生活には全く何の影響もないので、基本的には「どうぞお好きなように」というスタンスです。でも、視聴者やファンあっての芸能人なのですから、もう少し対応をうまくやったら良かったのに、と思います。最初のボタンを掛け間違うと、ずっとズレてきて、最後はみっともない服の着こなしになってしまうものです。そうなる前に、なるべく早く最初のボタンに戻って、掛け直してほしいものです。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*