古臭い「単純系」の考え方では、「複雑系」の経済を制御できません


政府の経済成長戦略「日本産業再興プラン」の一環である「労働移動支援助成金」大幅増額が、3月から実施されます。成長が望めない企業への助成金を拡充してリストラを促し、成長産業に労働力を移動させるのが狙いです。どんな制度も利点・欠点はありますから、この試みが吉と出るか凶と出るか分かりません。それを前提としてぼくの意見を言えば、「やめておいた方がよろしいのではないでしょうか(要は『反対』)」です。

単純明快な答えを期待すると、大きな過ちを犯します

棒折れ線グラフ
もちろん、理屈は分かるのです。もう成長できそうにない企業にとって、社員をたくさん抱えていくことは困難です。なんとか解雇したいです。そういう企業に、「社員の離職後2か月以内(45歳以上は5か月以内)に転職を成功させれば、1人につき最大60万円まで助成してあげる」と言えば、喜んで努力するでしょう。

片や、これから成長していく産業では人手不足です。結果として、そちらにどんどん労働力が移動し、成長産業はますます栄えていき、日本経済を牽引してくれるという理屈です。

しかし、経済は「単純系」ではなく「複雑系」です。「系」というのは物理学用語ですが、「システム」と理解すれば良いです。「単純系」とは、原因と結果がはっきり分かるシステムであり、理想的な状態を想定しているものです。中学・高校(および大学の一般教養)で習うのは、ほとんど「単純系」を前提とした古典物理学(17世紀の古臭い科学)です

ところが、実際の自然界はそんなに単純ではありません。複雑な要素が絡み合っており、どちらが原因でどちらが結果なのかさえ、分からないものです。これが「複雑系」です。残念ながら、ほとんど学校では習わない現代物理学の視点です。

例えば、「地球温暖化の原因は、二酸化炭素の増加である」と一般的には信じられていますが、専門家の間では「二酸化炭素の増加の原因が、地球温暖化かもしれない」とも言われています。気温が上昇すると、海に溶けていた二酸化炭素が気化することが知られているからです。

つまり、何らかの原因で地球の気温が上昇し、それによって海から二酸化炭素が大気に出て行き、その二酸化炭素によって更に気温が上がる…ということも考えられるわけです。温度の上昇が先か、二酸化炭素の増加が先か、どちらが原因でどちらが結果であるのか、単純に割り切れないのが「複雑系」の特徴です。

ところが、古臭い「単純系」ばかりを学校で詰め込まれた人々は、単純明快な答えばかりを期待します。ですから「地球温暖化の原因は、二酸化炭素の増加である」と断言してくれる科学者を支持するわけです。

話しが逸れましたが、経済も「複雑系」なのです。しかし、経済成長戦略「日本産業再興プラン」は、「こうすれば、こうなる」と、原因と結果を明確に理解できるという立場、すなわち「単純系」の発想で成り立っています。この時点で、この戦略は「現代科学的ではない」と言えます。つまり、経済という「複雑系」を記述するには不十分だということです。

人間は、お金で動くのではなく、心で動きます

ハートと人
ぼくは、経済現象のあり方に対して、かなり大きな影響を与えているパラメーターに、「人間の心」があると思っています。「景気回復には、人の気持ちが大切」と言う経済評論家もいますが、「な~に、精神論ばかり言っているの」と批判されます。でも、「複雑系」の観点から言えば、十分に正しいと思います。経済は人が介在して動くものですから、「人の心」、「人の気持ち」に左右されると思います。

「日本産業再興プラン」では、成長分野として「1. 健康・医療」、「2. エネルギー」、「3. 次世代インフラ」、「4. 農業・食糧関連産業および訪日外国人向け観光」という4つの分野を定め、そこへ非成長分野の労働力を移動しようとしています。この発想がNGだと思う次第です。

なぜなら、リストラされる人たちは、これら4分野の労働者ではありません。これら以外の分野の労働力を、これらの分野に移動するのだから、当たり前の話です。つまり、今まで従事してきた職種と異なる分野へ転職する、ということです。これでは、年齢が上がるほど、気持ちは下がると思います。

今まで自分が獲得してきたスキル、その分野で抱いてきた誇り…、そういったものが通用しない職場に移るのです。それでも食べていかなければなりません。家族を養っていかなければなりません。だから、我慢して働きます。でも、気持ちは萎えます。

仕事とは、単にお給料をもらうためにするものではありません。生きがいのようなものです。10年、20年、30年と培ってきたスキルや誇りが無に等しくなった人たちが、「良い仕事」をするとは考えにくいです。そういう人たちが「成長分野」にたくさん流入してきて、そこは本当に「成長」するのでしょうか? 大いに疑問です。

「じゃあ、おまえの代案を出してみろ」と言われても、出せません。出せるくらいなら、安倍政権からお呼びがかかっているか、新党でも結成しています。1つだけ代案っぽいことが言えるとすれば、この制度をスタートする条件として、「転職者の心のケア」を念入りに行う、ということです。

労働者は、お金をつぎ込めば忠実に労働力を提供するロボットではなく、「見えない心」に支配される「複雑系」だということを理解しているだけで、経済成長戦略はまったく違った展開を繰り広げると思います。


“古臭い「単純系」の考え方では、「複雑系」の経済を制御できません” への4件の返信

  1. こんにちは
    僕の住んでいる函館では、最近(2000年)はこだて未来大学が設立されました。
    そこで「複雑系」というのを教えていることは知っていました。
    http://www.fun.ac.jp/department/compintel.html

    でも、なんだか複雑そうなので、見て見ぬふりをしてきました 笑
    でもでも、おもしろそうですね、私も読んでみます。

    • ぜひ学んでみてください。
      複雑な事象を単純化して考える手法(単純系)も役に立つことは事実ですが、単純化するときに何かを無視するわけですから、その手法には自ずと限界がくるものです。それを補完するのが複雑系だと思えばよろしいと思います。学べば学ぶほど、おもしろいです。

  2. 僕も複雑系、勉強してみます。単純系と複雑系の両刀遣いになれたらかっこいいな~(笑)と未来の自分を想像しました。

    • 単純系は理解しやすいですが、それでも結構難しいです。学校で習った物理を思い出したら分かるでしょう。あれはみな単純系の話です。

      複雑系は、もっと複雑なので難しいです。でも面白いはずです。簡単なゲームより、複雑なゲームの方が、できたときの達成感は圧倒的です。それに似ています。

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